無題 第2部 71


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眠らずにアキラを見ていようと思ったのに、ほんの少しだけ眠ってしまったらしい。
腕の中で彼にすがりついていたアキラは何時の間にか彼の身体から離れ、彼の隣で
仰向けになって眠っていた。
頭の下に枕をあてがい、布団を掛け直してやる。
窓の外は白々と明け始めていた。朝の光がアキラの顔を白く浮かびあがらせる。
眠っているアキラが朝日に溶けて消えてしまうのではないかと、緒方はおそれた。
そこにいるアキラが現実である事を確かめるように、緒方は彼の額にかかる前髪をそっと
はらった。その指のせいなのか、与えられた刺激にアキラは眉を寄せた。
「…や……」
苦しげに眉をひそめ、弱々しく首を振った。
「アキラ…?」
「…だ………んど…う…」
アキラの口から漏れた名前に緒方の指が凍り付いた。
―それでもおまえは、オレの腕の中にいても、おまえはアイツの名前を呼ぶのか?
おまえが助けを求めるのはオレではなくアイツはのか?

重い後悔と暗い絶望がそんな自虐的な事をさせたのかもしれない。
緒方はアキラの耳元に唇を寄せて、囁いた。
「とうや…」
その少年がいつも呼ぶのと同じように、彼の名を呼んだ。
「とうや…すきだ」
その呼びかけに応えるように、アキラの睫毛が震えた。
「…しんどう…?」
泣き出しそうな表情を浮かべて、アキラはゆっくりと目を開いた。
だがその瞳が緒方をとらえると、はっと彼は目を見開いた。
「…おがた、さん…」
強ばった表情で空を見詰めて二三、まばたきし、それから何かを諦めるように目を閉じた。
そしてもう一度ゆっくりと目を開けて緒方を見て、彼に向かって力弱く微笑みかけた。
「おはよう、アキラ」
心の痛みを押し隠して緒方はアキラに微笑を返し、それから額にそっと唇で触れた。

― 第二部・完 ―



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