裏階段 アキラ編 71 - 72


(71)
オレの腕の中でアキラは人形のように動かなかった。
見開かれていた目は閉じられ、時折苦しげに呼吸を継いでいるが、凍り付いたように
四肢を強張らせて投げ出している。
右腕でアキラの肩を抱き唇を捕らえたまま左手でアキラのベストのボタンを外しにかかり、
ネクタイを緩めていった。
そのままソファーの上にアキラの体に覆いかぶさるようにして倒すと緩めたネクタイの
奥のシャツのボタンを外した。
そしてもう一度顔を離し、アキラの表情を見た。
アキラは一瞬オレと目を合わしたが、すぐに空ろに横を向いた。青ざめた顔をしていた。
アキラのシャツの胸元を開くと幼さの残る顎から首筋のラインが露になった。
耳たぶに唇を軽く触れさせる。
「あっ…」
アキラが眉をひそめ、肩を竦める。産毛の生えた頬や首筋の毛穴が立つのが見えた。
幼い頃から、そんなに直に触れる機会がなかった。オレだけでなく、
肉親ですらあまりアキラと触れあっているような所を見た事が無かった。
そのアキラの皮膚に唇を吸い付ける。
滑らかで透き通るように白い表面だった。
耳たぶは冷たかったがその下の首の付け根辺りは体温が高く感じた。


(72)
抗う動きを見せたわけではなかったがアキラの両手首を握って軽く押さえ、
首筋にそってキスを繰り返した。
「…アッ、あ…」
触れられている部分を反らすようにして頬を自分の肩に押し付けアキラは吐息を漏らした。
心の中でオレはアキラが拒絶の言葉を吐くのを望んでいた。
そうでなければ、自分を抑える事が出来なかった。
アキラの体の甘い香りの中に潜むもう一つの匂いに惹かれていた。

ふいに、その時電話が鳴った。
驚いてオレが体を起こすとアキラはホッとしたように息をついていた。
救われたのはオレの方だったかもしれない。
ソファーから下りてパソコンの脇の電話の受話器を取ると芦原の明朗な声が響いた。
「緒方さん、時間ありますか?碁会所に来て打ちませんか?」
「…そうだな。」
軽く頭痛がしていた。受話器を耳に押し当てながら軽くこめかみを押す。
「…もう少ししたら、行くよ。」
「ボク、アキラくんにすっぽかされちゃったみたいなんで。」
ちらりとリビングの方を振り返ると、アキラは体を起こし、ソファに座っている後ろ姿が見える。
芦原と2〜3言葉を交わして電話を切って戻ると、緩んだネクタイも外されたボタンもそのままに
アキラはそこに居た。



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