平安幻想異聞録-異聞- 71 - 72


(71)
アキラは腕をおいて、再びヒカルの側にきて、掛け布団をはいだ。
「『印』はね、物じゃなくてもいいんだ。痣や、火傷の痕の場合もある」
「な、なにすんだよ!」
アキラは動けないまま寝ているヒカルの着物の前をはだけさせた。
昨晩、魔物に吸い付かれた鬱血の痕よりも、10日も前にヒカルが受けた暴行の後の方が、
よほど生々しくその肌には残っていた。細かい切り傷、擦り傷が。
その傷跡を赤く浮き上がらせているヒカルの肌を、アキラはじっくりと検分していく。
アキラの息がわき腹やヘソのあたりに当たって、ヒカルは妙に気恥ずかしい気分に
させられた。
アキラの手が下腹部に伸びた。
「やめろよっ」
「ここもだよ。男同志だ。恥ずかしがる事もないだろう」
「そりゃ、そうだけど」
でも、いくらなんでも明るい朝の光りの差す部屋で、じっくり眺められるなんていうのは
抵抗がある。
その様子にアキラがじれて口を開いた。
「僕を信じてくれ。僕は君を助けたい。君は僕のたったひとりの――!」
そこまで一気にまくし立てて、アキラは何かに気付いたように口を閉ざしてしまった。
『たったひとりの…』何なんだよ、とヒカルは思った。その言葉の後には、
友達とかそういうものではない、思いのほか、大事な言葉が続く気がしたのは気のせい
だろうか。
「なんでもない。とにかく、僕を信用して、体を開いてくれ」
今度はヒカルも、黙ってアキラのしたいようにさせた。
アキラの手が、さらに着物をはだけ、ヒカルのまだ少年らしい色の薄い性器が
外気にさらされる。
アキラはそれとその周りを一通り調べたあと、さらに手を下へと探り入れ、
恥ずかしげに閉じられた両のももを、ゆっくりと開かせた。
アキラの手が太ももの内側を撫でる感触に、ひどくいけない事をしている気がして、
ヒカルは顔をあからめてそっぽを向いた。
「見つけた」
アキラがつぶやいた。
「なぜ、さっき君の体を拭いたときに気付かなかったんだろう」
ヒカルはアキラの手元を見た。
アキラの手の下にあったのは、あの夜に付けられた太もものひと際長く大きい奇妙な傷。
ミミズ腫れのようになって引きつれた幾条かの切り傷だったのだ。


(72)
言われてみれば、その長い傷跡の重なり具合は、何かの文字か文様のようにも思えた。
「それ、なの?」
「うん、これだね」
そう言ったきり、アキラは黙り込んだ。
「なんだよ、見つかったんだろ、よかったじゃん」
「いや、もっとやっかいな事になってしまった」
アキラは苦しげに言った。
「すまない、近衛。僕にはこの『印』の力を解くすべがない。いや、僕でなく誰であっても
 無理だろう、この呪をかけた本人でなければ」
「どういうことだよ」
「これは、近衛。君自身の肌に君自身の血で描かれた、最も強力な呪符なんだよ」
沈黙が流れた。
最初に沈黙を破ったのはヒカルだった。
「駄目なんだ?」
「…………」
「今夜も来るんだろ、あれ」
「おそらくね」
再び少しの静寂。
「いや、まったく手がないわけじゃない、近衛」
「賀茂」
「それが駄目なら、こちらから積極策に出て、元を断ってしまえばいいことだ」
「あの、蛇みたいのをやっつけんのか?」
「いや、もっと元だ。言っただろう? 蠱毒には、蟲やら蛇やらを詰めて埋めた壺を
 使うんだ。それを見つけ出して破壊する」
「そんなこと出来るんだ?」
「できる」
きっぱりと言いきったそのアキラの瞳が、言葉とは裏腹に不安げに揺れていた。
だから、ヒカルは、どうしようかと迷ったけれど、聞いてみることにした。
「その壺ってさ、どこにあるんだ?」
アキラが目を細めて、天井を振り仰いだ。
「――それを見つけ出すのが、僕の腕の見せ所というわけさ」



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