誘惑 第三部 71 - 74
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「えっ?」
何気なく言われた一言に、一瞬固まったアキラは次の瞬間顔を真っ赤にさせてどもった。
「あっ、あのっ、ボクは、その…」
「ナニ、慌ててんだよ?塔矢。」
「あ、いえ、えーと、こちらこそ不束者ですが…」
的外れな返答をしかけたアキラの頭を、ヒカルがベシッと叩き、
「バカッ、なに言ってんだよ、おまえは。ホラ、上行くぞ。」
赤くなりながらお辞儀しかけたアキラの腕を無理矢理掴んで、引き摺るように二階へと向かう。
「おまえ、バッカみてー。よろしく言われたくらいでなにそんなに慌ててんだよ。」
「何も、急に言われたからちょっとびっくりしただけだ。」
「別にあせるような台詞じゃねぇだろ。普通じゃん、子供の友達によろしくね、って言うくらい。」
妙にうろたえた様子で赤い顔でヒカルを睨み上げるアキラに、ヒカルが思わずぷっと吹き出す。
「カッ、カワイイ、塔矢、おまえ、カワイ過ぎ。」
「なっ!進藤!ふざけるな!ボクのどこが、」
「わかった、わかったから、あんまりデカイ声出すな。」
ヒカルはケラケラ笑いながら憤慨しているアキラの腕を掴んで、自分の部屋へ引っ張りこむ。
そしてまだ顔を赤くしたまま、怒ったような、居心地の悪いような顔でヒカルを見ているアキラに
向かってヒカルが言う。
「まったく、コレがさっきオニみたいな顔してオレを叩きのめしたヤツと同じ人間かよ?」
からかうように言うと、アキラが更に顔を赤くさせてヒカルを睨みつけるが、はっきり言って全然
迫力なんかない。
「でもオレはあーゆーオニみたいな塔矢も好きだし、」
と言って斜めにアキラの顔を覗きこみ、
「そうやって真っ赤になって照れてる塔矢も大好き。」
間近に迫ったヒカルに一瞬アキラが目を見開いた隙をついて、ヒカルがアキラの唇にチュッと
軽くキスすると、アキラはそのまま動けなくなってしまった。
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「……よく、そんなに恥ずかしげもなく好き好き言うな、キミは。」
顔を真っ赤にさせたまま、ヒカルを睨みつけて、アキラは何とか言葉を返す。
「だって言えるうちにいっぱい言っとかなきゃな。」
言わなくてもわかるだろ、なんて黙ってちゃダメなんだ。言わなきゃ届かない事だってあるんだ。
言えずに後で後悔するのなんて嫌なんだ。だってオレはアイツが大好きだったのに、好きだよ、
ってちゃんと言わないうちに、アイツはいっちゃったんだ。塔矢がアイツみたいにどっか行っちゃ
うかも知れないなんて、そんなの、考えるだけで嫌だけど。
だから、オレは塔矢が好きだから、何度だって言う。それに、どんなに言ったって、きっと言い足
りない。オレが塔矢を好きだって気持ちには追いつけない。
それにさ。好きだって言っただけでおまえのそんなカワイイ顔見られるんなら尚更、何度だって
言ってやるぜ。
「塔矢、好きだ。」
肩に手をかけて、耳元に唇を寄せて、ヒカルが言う。
「好きだ。世界中で一番好きだ。塔矢、」
そして至近距離にあるアキラの目を見つめる。
うわ、ダメだ。コイツ、からかってやろうと思ったのに。こんな近くでコイツの目なんか見ちまった
ら、ダメだ、くらくらする。死にそうだ。
ヒカルはアキラの目から逃れるように目を伏せ、そのままそっと唇を重ねた。
そして逃げそうになるアキラの肩を掴まえて、もう一度、唇を重ねる。今度はさっきよりも少し深く、
ゆっくりと。
するとアキラが軽く口を開き、彼の舌がヒカルの唇を軽くなぞる。応えるように口を開き差し出し
た舌が触れ合うと、心臓が痺れるように感じた。
今度は逆にアキラがヒカルの身体を引き寄せ、ヒカルを絡めとり、探る。
深いキスを交わすうちに、いつの間にか二人は床に横たわり、互いの手で互いの身体を探り、
互いの熱を煽るように脚を絡めあう。
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「ヒカルー!?お夕飯、どうするの?塔矢くん、食べてくわよね?」
いきなり階下から大きな声をかけられて、今にも互いの服を剥ぎ始めようかとしていた二人の体
が硬直する。
「……だからっ!」
真っ赤な顔をさせたままアキラはヒカルの身体を引き剥がし、音だけは小さく潜めた声でヒカル
を咎めた。
「すぐそこにキミのお母さんがいるって言うのに、誘惑するな!」
「ゆっ…ユーワクって、」
同じくらい顔を赤くさせたヒカルが言い返す。
「してねぇ!違うだろ、ユーワクしたのはおまえの方じゃねぇか!!」
「してない!キスしてきたのはキミの方じゃないか!」
「したよ!あんな真っ赤な顔して睨んできて、」
「なっ!そ、それのどこが誘惑してる事になるんだ。」
「してるよ。あんなカワイイ顔されて、平気なわけ、ねェだろ!」
「かっ、可愛い?キミは人をからかうのもいい加減に…」
言い合っている間に次第に声が大きくなる。
「ヒカル?聞こえてるの?ねぇ、」
そこへもう一度ヒカルの母の声が響いて、二人はぴたっと言いやめる。
階段をとんとんと上がってくる音がして、ヒカルは慌てて大声を出した。
「うわっ、聞こえてる聞こえてる。うん、だいじょぶ。食べてくって。そ、それより、そう、今は検討し
てるから、ジャマしないで。」
「はいはい、わかりました。じゃあ、どうぞごゆっくり。」
と、返事が聞こえ、途中まで階段を昇りかけた母がまた降りていく気配を感じて、ヒカルはほっと
胸を撫で下ろした。同時に、息を詰めていたアキラがふうっと息を吐き出す。
ちらっと窺うように相手を見ると目が合ってしまって、二人は慌てて目を逸らせた。
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「け、検討、しようか。」
「うん、そうだな。」
髪を撫でつけ、多少乱れた服を調えながら碁盤の前に座る。
「さっきの、ここの局面だけど、」
コホンと咳払いしてから、アキラが僅かに赤みの残る頬を誤魔化すように石を並べ始める。
「進藤?大丈夫か?」
まだ頭を切り替えられずにぼうっとしていたヒカルが慌てて顔を上げてアキラを見上げ、それから
盤面に目をやる。その様子にアキラがクスクス笑いながら言った。
「頼むから、さっきみたいに検討の最中になんか誘惑しないでくれよ?」
からかうような口調にヒカルがムッとしてアキラを見上げて、ヒカルはまた言葉を失ってしまった。
だから!そうやってキレイに笑うんじゃねェよ!誘惑してるのはどっちなんだよ、バカ!!
おわり
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