Linkage 71 - 75
(71)
持ち上げた手を布団の中に入れようと動かしかけたその瞬間、アキラの
指先がぴくりと動いた。
緒方の身体が緊張で強張る。
だが、それ以上アキラの指は動かななかった。
安堵の表情を浮かべながら、緒方は慎重にアキラの手を布団の中へ入れる。
しかし、布団の中から自身の手を引こうとする緒方のセーターの袖口を
引っ張るものがあった。
アキラの手だった。
僅かに布団を上げ、カシミアのセーターの袖口をきゅっと掴んだまま
離そうとしないアキラの手を緒方は懐かしそうに見つめる。
(昔もそうだったな……。添い寝するオレの腕の中で眠り込んでしまった
アキラ君に、何度もシャツの袖口を掴まれた。起きるまで絶対離して
くれなかったよなァ……)
アキラの手に視線を落とす緒方の肩は震えていた。
その振動は、幼い頃と変わらないあどけない寝顔で眠るアキラが無意識の
うちに握り締めたセーターの袖口まで、微かではあるが確実に伝わっている。
(……ずっとこうしていてほしいと思うのは、オレが卑怯な男だからか……)
明けぬ夜はないという現実を知りつつ、それでも朝が来ないこと切望して
やまない緒方を嘲笑うかのように、粛々と時は過ぎていった。
(72)
ブラインドのスラットの間から薄明りが差し込み始めたことに気付き、緒方はサイドテーブル上の
時計に目を遣った。
(6時24分か……。自宅へ戻ってから学校へ行くとなると、もう起こした方がいいかもしれんな……)
相変わらず緒方のセーターの袖口を握り締めたまま、アキラはすやすやと眠っている。
緒方はアキラに拘束された腕を動かさないよう、注意深くスツールから立ち上がった。
アキラの髪を掻き上げ、透き通るように白いこめかみを露わにすると、唇をそっと当てる。
名残惜しげに唇を離すと、覚悟を決めたようにセーターの袖口を握るアキラの手を包み込み、
優しく揺すった。
「……アキラ君、朝だからもう起きないと。今日は学校があるだろ」
緒方の手の中でアキラの指がぴくりと動き、掴んでいたセーターの袖口を離したことがわかると、
緒方はアキラの手を離した。
アキラはその手で閉じたままの瞼を何度か擦る。
「………ん………」
ゆっくりと瞼を開いたアキラは、目の前で自分を見つめる緒方に気付くと、まだ眠い目を擦り、
しばらくボーッと緒方の顔を見ていた。
何故緒方が目の前にいるのかわからないといった様子で、横になったままちょこんと小首を傾げる。
「…………緒方…さん?」
「……ああ、オレだよ。もう6時半だ。そろそろ起きた方がいい」
訳のわからないまま取り敢えず頷くアキラだったが、起き上がろうとベッドに肘をつくと、
硬直してそのまま動かなくなってしまった。
(73)
「……ボク……何も着てない……」
呆然とした様子でそう呟いて、再び緒方の方を見る。
困惑した表情を浮かべた緒方が、アキラの言葉に仕方なく頷いた瞬間、アキラが声を上げた。
「……痛っ!……身体が痛いよぉ……」
上半身をなんとか起こしたアキラは、さも辛そうに肩や腕の関節を何度か撫でると、
股関節にも手を伸ばし、痛みに小さく呻きながらゆっくりとさすった。
「筋肉痛だな。2、3日は痛むかもしれんが……。大丈夫か、アキラ君?」
緒方は、アキラに対する昨晩の自身の行為を今更隠し立てする気にはなれなかった。
アキラのすぐ横に腰掛けると、露わになったアキラの背中から肩にかけて丹念にさすってやる。
薄明りが差し込んではいるが、室内はまだそう明るくない。
だが、緒方の目には、アキラの身体の至る所に刻み込まれた昨晩の情交の証がまざまざと映っていた。
アキラはまだそれに気付いていないのか、慣れない痛みに堪えながら、羽布団に覆われた下半身を
揉んだりさすったりしている。
「起きられるかい?」
肩をさする緒方の問いかけに、アキラは緒方の腕を弱々しく掴んで頷いた。
「……ボク……シャワー浴びたい……。……なんか、身体がペタペタして気持ち悪い……」
(74)
身体の痛みからなのか、それとも昨晩のことを思い出したのか、アキラの目尻は
涙で微かに潤んでいる。
「わかった。じゃあ、ちょっと待っててくれ。準備してくるから」
緒方はアキラの目尻を指先でそっと拭ってやると、立ち上がった。
「…………緒方さん!」
寝室を出ようとドアへ歩み寄る緒方をアキラがこれまでとは打って変わり、
力強い口調で呼び止めた。
緒方は心の内をアキラに悟らせまいと、なんとか無表情を保ち、ゆっくりと振り返る。
「なんだい、アキラ君?」
穏やかな声で答える緒方をアキラはしばらく黙ったまま凝視していた。
そんなアキラを緒方は静かに見据える。
「……なんでもないです……。ごめんなさい…………」
ゆるゆると首を横に振りながら、囁くような小声で答えるアキラに、
緒方は切ない気持ちを堪え、優しく語りかける。
「……アキラ君が謝ることなんて何もないだろ……。そこで、ちょっと待っててくれな」
小さく頷くアキラを見て、緒方は寝室を後にした。
アキラは緒方が出ていった方向に視線を向けたまま動かなかった。
ふと、そんなアキラの頬を一筋の涙が音もなく伝い落ちる。
だが、戻って来る緒方の足音に気付くと、アキラは手の甲で涙の跡を拭い、
何事もなかったかのようにドアの方へ再び目を遣った。
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「浴室まで歩けるか?」
ベッドから立ち上がろうとするアキラの裸体を素早くバスローブで包みながら
緒方が問いかけると、アキラはこくりと頷き、ふらつきながらもなんとか歩き始める。
そのあまりに弱々しい足取りに、緒方は思わずアキラの身体を抱き上げた。
「……やッ!……ボク、自分で歩けるからっ!」
「……いいから……」
緒方は恥ずかしそうに顔を紅潮させるアキラをしっかりと胸に抱くと、浴室へ向かう。
浴槽の縁にアキラを腰掛けさせ、既に湯の温度を調節してあるシャワーのコックを捻った。
「自分では無理だろう。オレが洗うぞ?」
「……自分で洗う……」
「さっきみたいな足取りのアキラ君が、自分で身体を洗ったら何時間かかるかわかるだろ?
頼むからオレにやらせてくれよ……」
俯いて自身の肩を抱きながら首を横に振るアキラに、緒方は優しく諭すように言った。
「……こんなに明るいのにやだ……」
ぽつりと呟いたアキラの一言に、緒方は「わかった」と言って浴室から出ると、
洗面所で浴室の電気を消して、すぐ戻って来た。
磨ガラスを通して洗面所の照明の光が入り込みはするが、浴室内はかなり仄暗い。
「これならいいかな?」
緒方の問いにアキラは渋々頷くと、浴槽内に立ち、羽織っていたバスローブを脱いで
緒方に手渡した。
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