失着点・龍界編 71 - 75


(71)
手負いの体でヒカルを受け入れる事はかなりの苦痛を伴うはずだ。それでも
アキラはそれを望んでいる。ヒカルはアキラを体の下に組み敷いた。
「オレだけだよな…?」
「え…?」
「お前が弱いところを見せるのは、オレだけだよな…」
パアッと、アキラの顔が赤らんだ気がした。アキラは目を反らして指を口元に
運び爪を噛む。無意識にしているようで、本人は気付いていないが困ったり
戸惑った時のアキラの癖だ。
「…そうだよ…進藤の前だけだよ…」
悔しそうに答える。そういうところがアキラは妙に子供っぽい。
ヒカルは指先をそっと下着の中のアキラの足の間に入れてその部分に触れた。
「あ…!」
ビクリとアキラは体を震わせた。ヒカルは指先を動かして様子を探った。
そこは相当な熱を持ち、膨れ上がっているように思えた。ただそれは、狼藉を
受けた後遺症のせいだけではなさそうだった。
ヒカルが来るのを待っている。ヒカルの腕に触れる、その箇所の手前で
同じように熱を持ってそそり立ち雫を溢れさせているアキラ自身が
それを伝えていた。
あの男の指の感触を消し去りたい。ヒカルを見つめるアキラの目はそう
訴えていた。ヒカルは残りの衣服を脱ぎさりアキラのも取り払った。
直に肌に触れもう一度抱き締めあう。
「…もう止められないからな…」
ヒカルは自分自身をそこにあてがい、アキラの肩を押さえると
ゆっくりとアキラの中に埋めて行った。


(72)
「くう…っ!」
アキラの体が反り上がり咽の奥で悲鳴が出そうなのを飲み込むのが分かった。
「声を出せよ、塔矢…」
鼓動の度に全身の傷が痛む中でヒカルも激しく興奮していた。
久しぶりのアキラの中は、とろけそうに熱く何ものにも替え難い感触で
ヒカル自身を包み込んで来る。
「…オレの前では我慢するなよ、塔矢…!」
根元まで押し入り、ヒカルも熱い吐息を漏らす。数カ月振りのアキラの
―それ以前も、決して多くはなかったアキラに入る機会を味わう。
「…あっ…進藤…進藤…!」
苦痛なのか喘ぎなのか分からない声でアキラがヒカルを呼び続ける。
互いに少しづつ体を動かしあって、快楽を求めると言うより、体の一番
深い場所で相手の存在を確かめ結びつきの強さを確認しあう。
以前にも感じた、肉体を超えて解け合う感触を体に刻み込む。
包帯がほどけてアキラの顔にかかり、白い包帯と黒髪が入り乱れ、その中で
喘ぐアキラの表情はひどく魅惑的に見えた。
苦痛に歪む表情も快感に漏れる吐息混じりの声も滲み出る汗も、
全てオレのものだ。そしてオレの全てがアキラのものなのだ。
現にこうして、アキラを責めながらもヒカル自身がアキラに飲み込まれ
吸い尽くされようとしていた。
「はあっ…あ…、塔矢…!」
全ての思いが一気にヒカルの体の奥を駆け抜けてアキラの中に
注ぎ込まれていく。二人は何度も解け合い一つになった。
自分達は一体なのだ。今までも、そしてこれからも。
頭から尾の先までを絡ませあう二匹の龍のように―。


(73)
次の日の午後、緒方が迎えにマンションに来た時、すでに二人は
出られる用意をしていた。
目に力を取り戻し静かにソファに座るアキラを見て緒方は安堵し、感謝する
ようにヒカルを見た。ヒカルも緒方にハッキリと答えた。
「オレ達は、大丈夫です。」
そしてヒカルは何とかほどけたアキラの頭の包帯を巻きなおそうと
四苦八苦していた。
「包帯はいいよ、進藤。絆創膏で。」
アキラがすまなそうにヒカルを見るがヒカルは半分意地になっている
ようだった。そしてヒカルは助けを求めるような目で緒方を見た。
「…オレにどうしろと言うんだ。」
緒方は包帯でぐるぐる巻の右手を見せた。
するとアキラはその手に引き寄せられるように立上がり、緒方のそばに
歩み寄った。包帯が巻かれた手を取りそっと撫でる。涙が一筋こぼれ落ちた。
「…君が泣く事はないんだ。アキラ君」
緒方はアキラの涙を左手の指先で拭った。
それを見ていたヒカルは、ふと、ゆうべのアキラの言葉を思い出していた。
『…ボクも来た事があるよ…一度だけ…』
あれは、アキラなりの告白だったのかもしれない。
目の前の二人を見ているとそう思えてきた。
でも、以前二人に何かあったとしても、今の自分には関係なかった。
もし緒方とアキラにそう言う関係が一度でもあって、その上で緒方がアキラを
手放しアキラが緒方のもとを去ったのなら、それは余程の決意があった上での
事なのだろう。二人の中で完結しているものなのだ。
自分と緒方の関係がそうであったように。


(74)
新聞の片隅でそれなりに事件は報道された。
―『売春を強要されていた少年が相手を刺す』
『複数の未成年者に暴行の男数人を逮捕、青少年保護条例違反の業者摘発』
ただ、暴行を受けた数人の少年に関しての詳しい記述は一切なかった。
緒方の「彼等は被害者です」という主張が受け入れられ、内容が内容だけに
日本棋院でも極めて少数の者達で今回の事件の詳細を一切外部に漏らさない
事が申し合わされた。
それでもその事件の経緯でタイトルホルダー、緒方が負傷した事実は
伝えられないわけにはいかなかった。
雑誌によっては緒方とその違法業者のかかわりを勘ぐる記述も出たが、
緒方は相手にしなかった。
沢淵の店はビルから消えた。

つまらぬ憶測や噂が飛び交う中、ヒカルとアキラは普段と変わらず
黙々と碁を打ち続けた。周囲は色々言うものもいたが、彼等の他の追随を
許さない実力の前に沈黙して行った。
「やれやれ、進藤君と塔矢君にはいろんな思いをさせられますよ。」
坂巻がため息をつくのを耳にして桑原がひゃひゃと笑う。
「器が小さいのう。昔から強い碁を打つ奴にロクなのはおらんよ。儂のように
なあ。たったこれっぽっちの事で囲碁界の宝を失うわけにはいかんじゃろ。
心配せんでも今におつりが来るわい。」


(75)
大手合いの会場の中、背を伸ばし、凛として碁を打つアキラの横顔を
ヒカルはそっと見る。
おそらくあの夜のような表情をアキラが自分に見せる事はもう二度と
ないだろう。アキラとはそういう人間だ。
ただ、アキラの強さは決して生まれついたものではなくああして人知れず
涙と血を流して積み重ねて来たものなのだ。それだけは分かった。
ただまたいつか思い掛けない事が起きて、アキラの足下が崩れかけそうに
なった時、そんなアキラを受け止めてやれる自分でありたい。
そんな強さを持ちたいとヒカルは思った。


―三ヶ月後、とある囲碁関係者による催しがあるホテルのロビーで
ヒカルは久々に緒方と会った。
三谷は鑑別所等への送致は免れたが一年間の保護観察を受ける事になった。
その身元保証人に緒方がなってくれていた。
そして三谷も、時々駅前の碁会所に訪れ緒方から指導後を受けていると言う。
三谷に会いたかったが、三谷はヒカルを避けるように、ひっそりとやって来て
ひっそりと去って行く。三谷らしいと言えばそうなのだが。
「緒方先生…なんで…?」
ヒカルが理由を問う。
「ん?」
緒方はなかなか説明をしてくれなかった。ただぽつりと呟くように言った。
「…オレもああいう目付きで碁を打っていた事があった。」



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