裏階段 アキラ編 73 - 74
(73)
深くため息をつき、髪を掻き上げながらアキラの傍に戻り隣に座るとアキラの全身に
再度緊張感が走るのがわかった。
そんなアキラに手を伸ばし、ボタンを留め、ネクタイを締め直してやる。
「…何をされようとしていたか、わかるな。」
アキラは目を伏せて頷く。一瞬泣いているのかと思ったが、そうではなかった。
「…もう一人でここには来ないことだ。」
弾かれたようにアキラは顔を上げてオレを見つめた。
「…なぜですか?」
オレはカッとなった。
「わからないのか!?オレはお前を…」
その後の言葉を続けられなかった。
アキラがオレを睨んでいた。
「…芦原さんと碁会所で会う事になっていたんです。…先に行きます。」
納得出来無い怒りを押さえるようにため息をついてアキラは立ち上がると、別の椅子に
掛けてあった上着を手に取り、玄関に向かった。
そして立ち止まり、振り返った。
「緒方さん」
その表情には幼さは欠片も残っていなかった。
(74)
それは彼とオレとの間が、少なくともこの部屋の中では対等である事を主張していた。
「ボクは進藤を追います。彼を追う事で何かが掴めるような、そんな気がするんです…。
……でも、」
そう言いながら彼はゆっくりこちらに近付いて来る。
オレは射すくめられたようにソファー上でアキラの方を見たまま動けなかった。
「…でもそれは、決してあなたから離れるという事ではありません。」
アキラの手が伸ばされてオレの眼鏡を外し、テーブルに置くと、
オレの肩を抱き寄せるようにしてアキラが唇を重ねてきた。
今までのものと変わらない、あやされ宥められているような軽く優しいキスだった。
つまらない嫉妬をしている事を彼に見抜かれていた。
「…“その時”は、ボクが決めます。もう少し待ってください…。」
意味深い言葉と共に微笑むとアキラは玄関に向かい、もう一度振り返ってオレを見つめると
部屋を出て行った。
力が抜けたようにソファーに腰を落としたまま、額に手を当てた。
情けなかったと感じるとともに、アキラがオレに対して持つ底の知れない感情を感じ取った。
彼にとって完全にオレは彼が所有するところに在るものなのだろう。
彼がそう決めた以上、そこから逃れる事は出来ないのかもしれないと思った。
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