誘惑 第三部 73 - 74
(73)
「ヒカルー!?お夕飯、どうするの?塔矢くん、食べてくわよね?」
いきなり階下から大きな声をかけられて、今にも互いの服を剥ぎ始めようかとしていた二人の体
が硬直する。
「……だからっ!」
真っ赤な顔をさせたままアキラはヒカルの身体を引き剥がし、音だけは小さく潜めた声でヒカル
を咎めた。
「すぐそこにキミのお母さんがいるって言うのに、誘惑するな!」
「ゆっ…ユーワクって、」
同じくらい顔を赤くさせたヒカルが言い返す。
「してねぇ!違うだろ、ユーワクしたのはおまえの方じゃねぇか!!」
「してない!キスしてきたのはキミの方じゃないか!」
「したよ!あんな真っ赤な顔して睨んできて、」
「なっ!そ、それのどこが誘惑してる事になるんだ。」
「してるよ。あんなカワイイ顔されて、平気なわけ、ねェだろ!」
「かっ、可愛い?キミは人をからかうのもいい加減に…」
言い合っている間に次第に声が大きくなる。
「ヒカル?聞こえてるの?ねぇ、」
そこへもう一度ヒカルの母の声が響いて、二人はぴたっと言いやめる。
階段をとんとんと上がってくる音がして、ヒカルは慌てて大声を出した。
「うわっ、聞こえてる聞こえてる。うん、だいじょぶ。食べてくって。そ、それより、そう、今は検討し
てるから、ジャマしないで。」
「はいはい、わかりました。じゃあ、どうぞごゆっくり。」
と、返事が聞こえ、途中まで階段を昇りかけた母がまた降りていく気配を感じて、ヒカルはほっと
胸を撫で下ろした。同時に、息を詰めていたアキラがふうっと息を吐き出す。
ちらっと窺うように相手を見ると目が合ってしまって、二人は慌てて目を逸らせた。
(74)
「け、検討、しようか。」
「うん、そうだな。」
髪を撫でつけ、多少乱れた服を調えながら碁盤の前に座る。
「さっきの、ここの局面だけど、」
コホンと咳払いしてから、アキラが僅かに赤みの残る頬を誤魔化すように石を並べ始める。
「進藤?大丈夫か?」
まだ頭を切り替えられずにぼうっとしていたヒカルが慌てて顔を上げてアキラを見上げ、それから
盤面に目をやる。その様子にアキラがクスクス笑いながら言った。
「頼むから、さっきみたいに検討の最中になんか誘惑しないでくれよ?」
からかうような口調にヒカルがムッとしてアキラを見上げて、ヒカルはまた言葉を失ってしまった。
だから!そうやってキレイに笑うんじゃねェよ!誘惑してるのはどっちなんだよ、バカ!!
おわり
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