平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 73 - 74
(73)
ヒカルの左手は、狩衣の留め紐を手早く解くと、臙脂色の単衣の隙間から自らの
胸元へと忍び込んだ。
自分の乳首が、とがっていくのを指先で感じながら、ヒカルはそのまま体を
碁会所の床に横たえる。
古びた木の匂いがした。
(佐為、ごめん……)
心の中で謝った。なぜなら、佐為は決してこの碁会所では、こういった行為に
及ぶことはなかったからだ。
内裏の一角でさえしたことがあるというのに、佐為はこの場所で睦みあうことは
絶対にしなかった。ここは佐為にとって聖域にもひとしい、碁を打つための場所
だからだ。
しかし、ヒカルはそれでも、できるだけ佐為の匂いと気配がこの濃い場所で
したかった。
心の中でその人の名を呼んで、謝りながら、手は忙しく動いていた。
右手に擦られるまだ色も薄い陰茎は、あっという間に熱を高め、尖端からは
濁った涙をこぼし始めている。
ヒカルは寝転がったまま、かの人の愛撫の感触を思い出しながら左手を体に
這わす。
「……ん……」
静かな碁会所では、小さな上ずった声も、はっきりと響いた。
こうしていると、疼いてくるのは腰から後ろの門のあたりだ。
ヒカルは右手を後ろへと運んだ。
自分でそんなところをいじるのは、たとえここに人の目がないとわかっていても
恥ずかしいことだったが、指は勝手に動いて、その火照った入り口をさぐった。
背を丸めて、より深くまで感覚を追っていく。冷たい床も、今はヒカルの体温を
受けて熱くなっている。
「は……っは…、」
ヒカルの二本の指が奥まで到達する度に、腿の付け根から膝のあたりまでの
筋肉がフルフルとわなないた。
(74)
眉をきつくよせて、苦しげな程の表情で、ヒカルは最後の境地にいきつくために、
自分の左手で何度もきつく乳首を嬲った。あまりに強くそうしたので、そこは
擦り剥けて痛いほどだった。
「う…くっんん…!」
自分の肉が右手を指をきつく締め付けるのを感じながら、ヒカルは喉をそらした。
背筋を駆け登る解放感。ヒカルの根の尖端から吹き出たものが、受け止めるものも
なく指貫の中を汚した。
(やっぱり、そうじゃないか)
ヒカルは大きく肩で息をついた。
欲望を吐きだした後も、こんなにも自分は悲しい。
なぜなら、いつも最後にヒカルの体を穿って奥を濡らす、あの感覚がない。
ちっとも晴れていない体の疼き。いや、前より酷くなっている気がする。奥に
熱いものを放たれるあの感覚を求めて。
ヒカルは疲れた体を床からおこした。
乱れた前髪が目の上にかかって、よく、前が見えない。
男に抱かれるのが好きなわけじゃない。あかりを抱いてその中にいたって自分は
ちゃんと射精することができる。
だけど結局、欲しいのは佐為なのだ。触れて欲しいのは佐為だけなのだ。
なのに、肝心の佐為がいない。佐為だけが。
(佐為、佐為、おまえ何処いっちゃんだよ。俺を置いて、どこいっちゃったんだ)
その時、ヒカルは何を考えていたわけでもない、ぼんやりと自分の手が腰の
太刀の柄にのびるのを見ていた。
太刀が抜かれ、それを自分の手が持ち上げて、首筋に持っていく動きを
他人事みたいに眺めていた。
そして、その冷たい刃の感触を首に感じたときも、どこか遠くの出来事
みたいだった――
「何をしているんだっっ!」
自分のものではない叫び声と、手からもぎ取られ、部屋の端まで投げ飛ばされた
太刀が壁に跳ね返って落ちる音に我にかえった。
目の前に賀茂アキラの、小奇麗な顔があった。
|