失着点・龍界編 74 - 75
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新聞の片隅でそれなりに事件は報道された。
―『売春を強要されていた少年が相手を刺す』
『複数の未成年者に暴行の男数人を逮捕、青少年保護条例違反の業者摘発』
ただ、暴行を受けた数人の少年に関しての詳しい記述は一切なかった。
緒方の「彼等は被害者です」という主張が受け入れられ、内容が内容だけに
日本棋院でも極めて少数の者達で今回の事件の詳細を一切外部に漏らさない
事が申し合わされた。
それでもその事件の経緯でタイトルホルダー、緒方が負傷した事実は
伝えられないわけにはいかなかった。
雑誌によっては緒方とその違法業者のかかわりを勘ぐる記述も出たが、
緒方は相手にしなかった。
沢淵の店はビルから消えた。
つまらぬ憶測や噂が飛び交う中、ヒカルとアキラは普段と変わらず
黙々と碁を打ち続けた。周囲は色々言うものもいたが、彼等の他の追随を
許さない実力の前に沈黙して行った。
「やれやれ、進藤君と塔矢君にはいろんな思いをさせられますよ。」
坂巻がため息をつくのを耳にして桑原がひゃひゃと笑う。
「器が小さいのう。昔から強い碁を打つ奴にロクなのはおらんよ。儂のように
なあ。たったこれっぽっちの事で囲碁界の宝を失うわけにはいかんじゃろ。
心配せんでも今におつりが来るわい。」
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大手合いの会場の中、背を伸ばし、凛として碁を打つアキラの横顔を
ヒカルはそっと見る。
おそらくあの夜のような表情をアキラが自分に見せる事はもう二度と
ないだろう。アキラとはそういう人間だ。
ただ、アキラの強さは決して生まれついたものではなくああして人知れず
涙と血を流して積み重ねて来たものなのだ。それだけは分かった。
ただまたいつか思い掛けない事が起きて、アキラの足下が崩れかけそうに
なった時、そんなアキラを受け止めてやれる自分でありたい。
そんな強さを持ちたいとヒカルは思った。
―三ヶ月後、とある囲碁関係者による催しがあるホテルのロビーで
ヒカルは久々に緒方と会った。
三谷は鑑別所等への送致は免れたが一年間の保護観察を受ける事になった。
その身元保証人に緒方がなってくれていた。
そして三谷も、時々駅前の碁会所に訪れ緒方から指導後を受けていると言う。
三谷に会いたかったが、三谷はヒカルを避けるように、ひっそりとやって来て
ひっそりと去って行く。三谷らしいと言えばそうなのだが。
「緒方先生…なんで…?」
ヒカルが理由を問う。
「ん?」
緒方はなかなか説明をしてくれなかった。ただぽつりと呟くように言った。
「…オレもああいう目付きで碁を打っていた事があった。」
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