Linkage 75 - 76


(75)
「浴室まで歩けるか?」
 ベッドから立ち上がろうとするアキラの裸体を素早くバスローブで包みながら
緒方が問いかけると、アキラはこくりと頷き、ふらつきながらもなんとか歩き始める。
そのあまりに弱々しい足取りに、緒方は思わずアキラの身体を抱き上げた。
「……やッ!……ボク、自分で歩けるからっ!」
「……いいから……」
 緒方は恥ずかしそうに顔を紅潮させるアキラをしっかりと胸に抱くと、浴室へ向かう。
浴槽の縁にアキラを腰掛けさせ、既に湯の温度を調節してあるシャワーのコックを捻った。
「自分では無理だろう。オレが洗うぞ?」
「……自分で洗う……」
「さっきみたいな足取りのアキラ君が、自分で身体を洗ったら何時間かかるかわかるだろ?
頼むからオレにやらせてくれよ……」
 俯いて自身の肩を抱きながら首を横に振るアキラに、緒方は優しく諭すように言った。 
「……こんなに明るいのにやだ……」
 ぽつりと呟いたアキラの一言に、緒方は「わかった」と言って浴室から出ると、
洗面所で浴室の電気を消して、すぐ戻って来た。
磨ガラスを通して洗面所の照明の光が入り込みはするが、浴室内はかなり仄暗い。
「これならいいかな?」
 緒方の問いにアキラは渋々頷くと、浴槽内に立ち、羽織っていたバスローブを脱いで
緒方に手渡した。


(76)
緒方はバスローブを壁のフックに掛け、セーターの袖を捲ると、アキラの身体に
シャワーをかけてやった。
「……痛っ!……お湯が染みるよぉ……」
 痛みに身を強張らせるアキラに、緒方はノズルを持つ手を微かに震わせる。
「ごめんな、アキラ君。ちょっと痛いだろうけど我慢してくれよ。温度はこれで
大丈夫か?」
「……うん。温かくて気持ちいい……」
 痛みに慣れてきたのか、アキラはそういって少しだけ嬉しそうな表情になった。
緒方は自身の行為を何ら責め立てないアキラに複雑な思いを抱きながらも、それを
表情には出さず、シャワーを止めた。
スポンジにボディソープを染み込ませ、丁寧にアキラの身体を洗い上げてやる。
「染みるか?」
 下半身にスポンジを当てる緒方がそう尋ねると、アキラは僅かに身を硬くしたものの、
痛みを我慢して首を横に振った。
 身体を洗う緒方に身を任せ、しばらく俯いて黙り込んでいたアキラだったが、
ふと顔を上げ、緒方の顔をじっと見つめる。
「どうした、アキラ君?」
「……緒方さんは……ボクのこと嫌いなの?……嫌いだから、あんな……」
 アキラの身体を洗う緒方の手が止まった。
 緒方は大きく息を吐き出すと、仄暗い浴室で漆黒の輝きを放つアキラの円らな
瞳を見据える。
アキラの瞳は、シャワーの水滴とは明らかに異なる透明な液体で濡れていた。
自分を真っ直ぐに見つめるアキラから目を逸らすことは、緒方自身の矜持が
許さなかった。



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