裏階段 アキラ編 75 - 76
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晴れて海王中学に合格し、初めて真新しい春先から通うその学校の制服に
身を包んだアキラが碁会所にやって来た時はちょっとした騒ぎになった。
シンプルなラインのデザインの制服はアキラに良く似合った。
半年ほど前から受け付けとなった市河嬢はもともとアキラ贔屓であったが
彼女のはしゃぎっぷりはすごかった。
「ちょっと、アキラくん、もう一枚!」
手にしたデジタルカメラで何枚もの写真を撮る。この日を予測して前々から
準備していたものらしい。
他にもアキラが制服で来たと聞いてわざわざカメラを家に撮りに行く輩が居て
碁会所内は撮影会会場になった。
当然常連客らは撮るだけでなく争ってアキラと同じ画面に収まりたがる。
「未来の名人候補だ。家宝になる。」
「市っちゃん、わしもお願いするよ、老い先短いジジイの冥土の土産にさせてくれ。」
「ああん、これじゃああたしがいつまでもアキラくんと一緒に写れないじゃない!」
騒ぎの外側でオレと碁を打っていた芦原までうずうずしていた。
「あのアキラくんが中学生ですか…、早いものですね。ボクらも年をとるはずだ。」
「…お前が年寄り気分になるのは勝手だ、芦原。オレまで巻き込むな。」
そう言いながらも、無意識に煙草の煙の合間からアキラの姿を目で追っていた。
会うのはあの日別れて以来だった。
元々アキラは他の子供と比べて大人びた印象があったが、こうして見ると
すらりと背が伸びて、表情も物腰も一層落ち着きが出て来たようだった。
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進藤との一件の直後はふさぎ込み元気のない表情も見られたが、最近は全て
吹っ切れたようなところがあった。
進藤の所在がはっきりした事が大きかったのだろう。
彼がその後この碁会所にやって来る事はなかったのだが、機会があれば彼と打てる、
その事から自分は逃げずにいつでも受けて立つと言う気構えが全面に出ている。
自分以外の存在に目を向け、目に力を宿してそれを追おうとするアキラが、
ありがちな言い方だがひどく眩しく見えた。それは確かだった。
ふいにアキラと目が合い、彼がこちらにやって来た。
何となく煙草を灰皿に押し付けて消していた。新しい制服に不似合いな匂いを
付けたくなかった。
「お父さんがみんなに挨拶しなさいって言うからちょっと寄ってみただけなのに、
なんだかすごい事になっちゃった。」
当の先生本人は不在だった。入学式は地方で防衛戦で不在だったために一度あらためて
アキラと共に海王中を訪れて学校長に挨拶し、その帰りにアキラだけが
ここに来たという事だった。
「アキラくん、海王中の制服良く似合うよ。うん、すごい頭良いって感じ。」
「試験はなかなか難しくて…ダメだったらどうしようかなって思った。」
照れくさいというよりは、困ったような笑顔でアキラは芦原とにこやかに会話を
交わしている。
そしてアキラがオレの方を見た。
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