平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 75 - 78
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「君は、いったい何をしているんだ! 自害でもするつもりか!!」
「違う。そんなつもりじゃなかった」
「そんなつもりもなく、君は自分の首に刃を添わすのか!」
「佐為に会いたかったんだ」
そう、死ぬつもりなんかなかった。ただ、会いたかったのだ、佐為に。
突然現れた賀茂アキラをみて、こいつはいつもみたいに自分をつけて、
この碁会所の外で待っていたんだヒカルは気付いた。そして、いつまでたっても
出てこないヒカルにしびれを切らして、碁会所の中に踏み込んだのだろう。御苦労な
ことだ。
「おまえ、佐為が何処いったか知らない?」
「佐為殿は死んだ。死んだんだ」
「――でも、遺体は誰も見てない」
「いないのなら、死んだのと同じだ」
ヒカルはアキラの顔を睨みつけた。
綺麗な、相変わらず夜の湖水のように澄んだ瞳がヒカルを見ていた。
(何もかもわかったような顔しやがって)
理不尽な思いに腹がたってきた。
怒りのためか頭がはっきりしてきて、ヒカルはふいに自分の状況を飲み込んだ。
乱れた着衣と精液の匂い。きっとアキラには自分がここで何をやっていたか、
わかってしまっている。
よりにもよって、こいつに、一番知られたくないやつに、自分のこんな姿を
見られてしまった。恥ずかしくて悔しくて、それが怒りをさらにかき立てた。
ヒカルは、最近自分が何故アキラを避けていたか、やっとわかった気がした。
それは、アキラが綺麗だからだ。
彼の心根を現すような真っすぐに降りた黒髪も、深い色の瞳も、綺麗なだけに、
反対にその前に立つヒカルの醜さを際立たせる気がする。
こうやって、自分がこんなに汚くて苦しんでいるのに、アキラは自分だけは
清廉潔白なような顔をして、ヒカルを見ている。
それが憎らしい。
「お前なんか、何にも知らないくせに」
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思わずこぼれたその憎まれ口を、アキラが拾って応えた。
「ああ。知らない。僕はずっと君のことを知りたかった。助けたかった。なのに、
逃げ回っていたのは君じゃないか」
ヒカルはアキラの言葉に、キョトンとした表情を返した。
嘘をつけと思う。言った言葉とは裏腹に、ヒカルはアキラにはみんな見透かされて
いるような気がしていたからだ。だから、ずっとアキラの前で居心地の悪い思いを
してきたのだ。
自分の一番隠しておきたいみっともない部分まで読み取られてしまいそうだと思った。
こいつはこんなに綺麗なくせに。
だから逃げていたのだ。
「それとも、君は陰陽師が人の心が読めるとでも思っていたのか」
ヒカルは少しだけ苦く笑った。それはそうだ。良く考えたら、そんなわけがないのだ。
陰陽師だからって、人の心が読めるなんて。
それどころか、幼いころから式神しか友達がおらず、こんなに人の心の機微というもの
に疎いやつはいないというのを、誰より一番知っていたのは自分ではなかったか。
「言ってくれなければ、わからない」
アキラが、まるで嘆願するようにヒカルの顔を覗き込んだ。
そのアキラの真剣な表情はヒカルの心を動かすに足るものだった。
(こいつ、なんかやつれたな)
ヒカルは考える。
自分はここのところずっと、自身の悲しみに足を取られて、他の人間のことを顧みる
ことなど出来なかった。
だけどきっと、こいつは本当にヒカルの事を心配して、知らない所でこの辛さを
わかちあってくれていたのだろう。
じゃあ、こいつなら本当に今のヒカルのこの苦しさも、わけあってくれるだろうか?
その時、ヒカルは突然すべてがどうでもよくなってしまった。自分の小さな矜恃も。
アキラに対する怒りもだ。
一番見られたくなかった自分の姿をアキラに見られて、自暴自棄になっていたの
かもしれない。
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「じゃあ、抱いて」
囁くヒカルの声に、アキラの体がピクリと震えた。
「抱いて欲しいんだ、誰かに。この体の中に入ってきて欲しい、おまえでもいい」
「佐為殿のかわりに、か?」
「そうだよっ」
以前、自分を好きだといってくれた相手に、ひどいことを言っているのはわかって
いた。だけど、アキラがヒカルの心を知りたいというなら、これが今のヒカルの
本心だ。きれい事でごまかそうとは思わなかった。
「他の誰でも嫌だ、佐為じゃなきゃ嫌だ。なのに、…佐為がいないんだ」
声が震えているのがなんとも自分でも情けなく、ヒカルは下を向いた
「だから……」
「僕に、佐為殿の身代わりになって、君を抱けというのか」
ヒカルは黙ってうなずく。
「わかった。やってみよう」
「佐為殿はどうやって、君を抱いていたんだ。僕はこんなことするのは初めてだ
から、どうしていいかわからない。だからそれに従う」
黄昏時を迎えた碁会所は差し込む陽も弱くなり、相手の顔形がやっとわかるか
わからない程度に暗くなっている。
板敷きの、古いがよく手入れされた碁会所のその真ん中に二人で向かい合って
座り、ヒカルとアキラはお互いを見ていた。
「……着物、脱がして……」
先の自慰の名残で、ヒカルの狩衣の前身頃の留め紐はすでにはずれていた。
そこにアキラは手を伸ばし、そっとその厚手の絹を肩からはずした。
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布は自身の重さで床に形を崩して落ちた。
「単衣も」
アキラの指がヒカルの単衣の襟元にかかる。
ゆっくりと押し広げられた布の間から、鎖骨のくぼみが覗いた。
一連の行為は、儀式のようだった。
一枚一枚、アキラに着物を剥がれ、ヒカルはその肌を彼の前にあらわにした。
隠すもののなくなった上半身に続き、アキラは、その腰の鞘だけになっている
太刀を解いて脇によけておき、ヒカルがついさっきアキラが現れるまえに絞め
直したばかりの指貫の腰帯の結び目をほどく。
ここまで来ても、まだ正座したままでこちらに手を伸ばしてきているアキラに、
ヒカルは言った。
「そんなに離れてたら、何にも出来ないだろ」
アキラは膝をよせ、厳かにヒカルを抱きしめた。
「これから、どうしたらいいんだ?」
ヒカルは欲に潤んだ瞳で、間近のアキラの顔を見上げる。
そして、つぶやくように告げた。
「――優しくして」
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