失着点・龍界編 76 - 77
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ヒカルは緒方の横顔を見つめた。
「人を信じれず空虚な中で石を持っていた。そんな時代がオレにもあった。」
「…そうなんだ」
「そう言えば、進藤」
緒方はようやく完治した指でタバコを取り出し、火を点ける。
「その三谷がこう言っていたんだが…。大切なのは“居場所”じゃなくて
“誰と一緒に居るか”だって気付いたって…その“誰か”を自分も
見つけるってな。そう進藤に伝えて欲しいって。…意味分かるか。」
ヒカルは嬉しそうに頷く。
事件後間もなく、ヒカルは和谷と伊角に助けてくれたお礼を言うために
会った。そして彼等から、一足先にアキラが礼を言いに来たという話を
聞かされた。そのわりに和谷がひどく不機嫌だった。
伊角が言うには、アキラがその時、
『けれども君たちと進藤の件に関しての事を許すつもりはない』
と言い切ったらしい。思わずヒカルは苦笑いする。
「オレは別に許して欲しくて助けたわけじゃねーよ!第一塔矢じゃなくて
オレは進藤を助けに行ったんだ!!」
ままあ、と伊角が和谷をなだめる。
「…ごめん…」
ヒカルがアキラに代わって謝った。
「進藤…オレ達がお前にしたことはなかった事には出来ないというのは
良く分かっている。」
伊角が神妙な面持ちでそう切り出し、ヒカルは息を飲んだ。
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「ただオレ達はオレ達なりにお前と塔矢の事を大切に見守っていきたいと
思っている。それだけは信じてくれ…。」
そう言って伊角と和谷はお互い目を合わせあい、ヒカルを見つめる。
「…ありがとう、伊角さん、和谷。」
ヒカルは心を強くするのは、人との結びつきだと思った。置かれた一つ一つの
石が他の石と結びつき合い、一度消えたと思ったつながりがまたこうして
結びついていく。人との繋がりに意味のない石などない。
緒方との会話からそんな事を思い返していた時そこへアキラがやって来た。
「二人で何話しているんですか?」
「へへ、何でもない」
離れた場所で桑原が面白げにそんなヒカル達を見ていた。その桑原に
棋院の関係者が話し掛ける。
「凄いねえ、あそこ。今を時めく三強そろい踏みだ。進藤君と塔矢君、
二人のうち今度の対局の勝者が緒方十段に挑戦するんでしたよね。」
「…三匹の龍が、三つ巴に睨み合っとるワイ。」
「龍…ですか。」
「…龍は龍を呼ぶんじゃよ。」
―そして、
緒方と別れ、アキラとロビーを出る時、ヒカルはアキラを呼び止め、
ある物を手渡した。
「…オレ、家を出たんだ。ぜんぜん狭くて汚いアパートだけど…」
渡された部屋の合鍵を、アキラは宝物のように握りしめた。
〈龍界編・了〉
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