平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 76 - 80
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思わずこぼれたその憎まれ口を、アキラが拾って応えた。
「ああ。知らない。僕はずっと君のことを知りたかった。助けたかった。なのに、
逃げ回っていたのは君じゃないか」
ヒカルはアキラの言葉に、キョトンとした表情を返した。
嘘をつけと思う。言った言葉とは裏腹に、ヒカルはアキラにはみんな見透かされて
いるような気がしていたからだ。だから、ずっとアキラの前で居心地の悪い思いを
してきたのだ。
自分の一番隠しておきたいみっともない部分まで読み取られてしまいそうだと思った。
こいつはこんなに綺麗なくせに。
だから逃げていたのだ。
「それとも、君は陰陽師が人の心が読めるとでも思っていたのか」
ヒカルは少しだけ苦く笑った。それはそうだ。良く考えたら、そんなわけがないのだ。
陰陽師だからって、人の心が読めるなんて。
それどころか、幼いころから式神しか友達がおらず、こんなに人の心の機微というもの
に疎いやつはいないというのを、誰より一番知っていたのは自分ではなかったか。
「言ってくれなければ、わからない」
アキラが、まるで嘆願するようにヒカルの顔を覗き込んだ。
そのアキラの真剣な表情はヒカルの心を動かすに足るものだった。
(こいつ、なんかやつれたな)
ヒカルは考える。
自分はここのところずっと、自身の悲しみに足を取られて、他の人間のことを顧みる
ことなど出来なかった。
だけどきっと、こいつは本当にヒカルの事を心配して、知らない所でこの辛さを
わかちあってくれていたのだろう。
じゃあ、こいつなら本当に今のヒカルのこの苦しさも、わけあってくれるだろうか?
その時、ヒカルは突然すべてがどうでもよくなってしまった。自分の小さな矜恃も。
アキラに対する怒りもだ。
一番見られたくなかった自分の姿をアキラに見られて、自暴自棄になっていたの
かもしれない。
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「じゃあ、抱いて」
囁くヒカルの声に、アキラの体がピクリと震えた。
「抱いて欲しいんだ、誰かに。この体の中に入ってきて欲しい、おまえでもいい」
「佐為殿のかわりに、か?」
「そうだよっ」
以前、自分を好きだといってくれた相手に、ひどいことを言っているのはわかって
いた。だけど、アキラがヒカルの心を知りたいというなら、これが今のヒカルの
本心だ。きれい事でごまかそうとは思わなかった。
「他の誰でも嫌だ、佐為じゃなきゃ嫌だ。なのに、…佐為がいないんだ」
声が震えているのがなんとも自分でも情けなく、ヒカルは下を向いた
「だから……」
「僕に、佐為殿の身代わりになって、君を抱けというのか」
ヒカルは黙ってうなずく。
「わかった。やってみよう」
「佐為殿はどうやって、君を抱いていたんだ。僕はこんなことするのは初めてだ
から、どうしていいかわからない。だからそれに従う」
黄昏時を迎えた碁会所は差し込む陽も弱くなり、相手の顔形がやっとわかるか
わからない程度に暗くなっている。
板敷きの、古いがよく手入れされた碁会所のその真ん中に二人で向かい合って
座り、ヒカルとアキラはお互いを見ていた。
「……着物、脱がして……」
先の自慰の名残で、ヒカルの狩衣の前身頃の留め紐はすでにはずれていた。
そこにアキラは手を伸ばし、そっとその厚手の絹を肩からはずした。
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布は自身の重さで床に形を崩して落ちた。
「単衣も」
アキラの指がヒカルの単衣の襟元にかかる。
ゆっくりと押し広げられた布の間から、鎖骨のくぼみが覗いた。
一連の行為は、儀式のようだった。
一枚一枚、アキラに着物を剥がれ、ヒカルはその肌を彼の前にあらわにした。
隠すもののなくなった上半身に続き、アキラは、その腰の鞘だけになっている
太刀を解いて脇によけておき、ヒカルがついさっきアキラが現れるまえに絞め
直したばかりの指貫の腰帯の結び目をほどく。
ここまで来ても、まだ正座したままでこちらに手を伸ばしてきているアキラに、
ヒカルは言った。
「そんなに離れてたら、何にも出来ないだろ」
アキラは膝をよせ、厳かにヒカルを抱きしめた。
「これから、どうしたらいいんだ?」
ヒカルは欲に潤んだ瞳で、間近のアキラの顔を見上げる。
そして、つぶやくように告げた。
「――優しくして」
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自分をだますのは案外簡単だった。
ヒカルはアキラに抱かれながら、佐為に感じていた。
アキラのもの静かでいて、どこか苛烈さも含んだ瞳の色は、思ったよりも
ずっと佐為に似ていた。
着痩せするのか、見るよりも実際に触れてみるとしっかりとした彼の体つきも、
それを手伝った。
ただ、その背に回した自分の腕に、長く艶やかな髪が絡まる感触がないことが
寂しかったけれど。
(おまえ、髪延ばせよ)
ヒカルは勝手なことを思った。
そして、何よりも決定的に違うのは、ヒカルの中に直接入り込んでいる、
あそこの形。
佐為のその体の線も、入ってくるモノの形もヒカルの体が一番よく覚えている。
だから、やっぱりアキラは佐為ではないのだと、ぼんやりと考える。
しかし、ただひたすらに佐為を求めるヒカルの体は、それさえ、佐為のもの
だとして、自分に思い込ませることに成功してた。
今日だけは、今だけは、幸せな夢をみていたいのだ。
喘ぎ声の合間に紛れて、ヒカルはアキラに懇願する。
「名前。名前、呼んで…」
姓ではなく、名前を。佐為が、かつてそうしていたように。
アキラがその背に腕を回して抱きしめると、普段の威勢のよさが信じられないぐらい
に、ヒカルは大人しく目を閉じた。
「喉、唇で……」
ヒカルの言う通り、喉に唇を押し当てた。それだけで閉じたまぶたが震えた。
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「それで?」
「噛みながら、上に……」
熱のこもった、だが小さな声でつぶやくヒカルの言葉を受けて、アキラはその唇を、
その首の根元に近い位置からうなじのほうへとゆっくり這わせ、途中途中で軽く
歯をたてる。
ヒカルの臥せられた睫毛がわなないて、切なげな声が漏れる。
衣を脱がしてそのヒカルの肌の白さと柔らかさに驚いた。いつも着物からのぞく
腕や首が健康そうに淡く日に焼けていたから気付かなかった。自分も家にこもる
ことが多いせいか色は白いが、ヒカルの場合は日に焼けて普段目に見える部分
との差もあって、より白く感じる。
アキラの手は今、ヒカルの手に導かれ、その白い肌の上を這っていた。重ねられた
ヒカルの手の平は汗ばんで熱い。
背筋を丁寧にたどり、尻の谷間のギリギリまで侵入し、円みを帯びた臀部を手を
回すようにしてさする。
もっと優しくして欲しいというヒカルの要求に応えて、触れるか触れないかぐらいの
あやふやさで、その脇腹に手の平を往復させれば、それだけで、甘やかな声があがった。
ヒカルが、アキラを引き寄せるようにして、自ら体を後ろに倒した。
アキラもそれにならって、床に広がった衣の上に身を横たえるヒカルに体を重ねる。
ともすれば吹き飛びそうになる理性を必死にたぐり寄せ、『今の自分は佐為なのだ
から』と心に何度も言い聞かせながら、その皮膚に点々と口付けの後を残していく。
しかし、ヒカルが自ら手を伸ばし、アキラの着物をはだけさせてこちらの胸に唇を
押し付けてきた時には、その仕草のいとけないさに、さすがに我を忘れてむしゃぶり
つきそうになった。
その衝動をねじ伏せるように押さえ込んで、アキラはヒカルに言われるままに、組み
敷いた体に柔らかな愛撫を施し続ける。
ヒカルの手がアキラの腰に延び、その指貫を脱がせた。
自ら足を広げ、その間にアキラの体を導き入れて、アキラがかつて見たことない
ような、今にも泣きそうな顔で「来てよ」と訴える。
アキラは、固く反り返った自身の肉刀をその場所に添えたが、さすがに不安に
なって、ヒカルの顔を見ると、彼が小さく頷いた。
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