失着点・展界編 77
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とりあえずヒカルは玄関に立ったままでいた。そこから見える範囲では、
やはり特に部屋が荒れている様子はない。部屋の中で和谷の手の手当てを
しているらしい話し声がする。
「イテテテッ、痛てーよ伊角さん!!」
「手じゃなくて一度頭を碁盤に打ちつけろよ。少しはまともになる。」
ヒカルはクスッと笑って靴を脱ぎ中を覗き込んだ。伊角が振り返った。
「進藤、そこの碁盤をこっちに引っ張り出してくれ。」
「う、うん。」
やはりここで検討会を始めるつもりなのだ。…まあ、いいか、とヒカルは
思った。畳にはカーペットが敷かれ、ボコボコだった物入れの戸には何か
ゲームの大きなポスターが貼ってあった。
和谷は伊角に手に包帯を巻いてもらうと、「さてと、」と、黒の碁笥を
引き寄せ、黒石を置いた。ヒカルがハッとなった。伊角も真剣に盤上を
見据えている。
「…今まで、あんな打ち方をする塔矢は見た事がなかった。」
和谷はついさっきの対局を並べ始める。僅か数手を見ただけでも、ヒカルと
伊角にはアキラの強さが分かった。和谷が中押したところまでそんなに
かからなかった。
塔矢は更に強くなっている。頭では分かっていたつもりだったが、和谷で
なくても、彼が希有の存在であり、その彼と同世代として生まれた事には
運命的なものを感じないではいられなかった。
「…本当に、スゲーや…、塔矢の奴…」
そう言ってヒカルが盤上の石に指を伸ばした時、和谷が、その手首を握った。
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