裏階段 アキラ編 79 - 80


(79)
「…気に食わんな。」
アキラを残し、車に乗り込むと発進させた。
進藤という少年を追いながらオレも手放そうとしない。
それもまた、王者の血というものなのだろうが。

初めて先生の打つ碁を見た日から、予想していた事が現実になりかかっていた。
この人が打つ碁は多くの人を惹き付ける。自分はそれを追い続ける。
そしてこの人を追い詰め、捕らえる。
オレは一人だけを追うのに精一杯だった。それは今でもそうだ。
先生の打つ碁の流れを誰よりも自分が引き継いでいると言う自負があった。
アキラよりも。
8大タイトルを賭けて先生と打ち合う、そんな日をずっと追い求めてここまで来た。

そうして碁聖戦が、間近まで来ていた。
それに立ちはだかったのが桑原本因坊だった。
「若手の旗手と言われて浮かれているようじゃが、最近の若手自体がふがいないからのオ。」
あちこちの会合で挑発的な言動を繰り返しているのは聞いている。それに対する反発を糧に
精力を維持しているようなものである。
初めて桑原と碁盤を挟んで座り合った時、桑原は「ホオ」と何かに感心するように声をあげ
隅々まで値踏みされるように眺められた。何に関心を持たれたのかはわからなかった。
とにかくその時のその視線が、オレは気に入らなかった。
どこか、伯父を思い出させるところがあった。


(80)
人には誰にでもある弱い部分を、柔らかな贓物を的確に探り出しえぐり出そうとする
禿鷹のような目だ。伯父も晩年はそういう目付きで打っていた。
体力的に立ち打ち出来ない代りに選ばれる武器だ。戦略と言うべきか。

桑原翁を苦手と感じる原因に、彼が囲碁界に関してあらゆる物事を、
ある意味、スキャンダルといった醜聞に及ぶまで熟知しているという面がある。
伯父は借金の為にオレを何人かのプロ棋士の下へやった。
たださすがに伯父も相手を選んだのか、既にプロとは言い難い、
正道から大きくそれてしまった特殊な方面の連中が相手だったと思う。
同じ囲碁界でも一線が引かれた場所の人々だった。
オレの名前はその相手に伝えられる事はなかった。
伯父の家で、あるいはどこかの旅館のようなところの碁盤がある部屋で一人で
待たされていると、やがて襖が開き、その相手がやって来る。
面白がって取りあえず一局打つ者、打たずにそのままオレの背後に座り
体を弄るだけの者も居た。最初にきつく目隠しをされて顔も分からないまま
行為を済まされる事もあった。
それで借金の返済時期の延長どころか、新たな借金の承諾も得られていたようだった。
その中の一人に、顔つきはあくまで人の善さげな、気の小さそうな小太りの男が居た。



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