○○アタリ道場○○ 8 - 10
(8)
その頃、塔矢邸玄関先に1人の男が立っていた。
それは緒方兄貴。塔矢門下一の出世頭である兄貴は いつも上下純白の
スーツ・紺のシャツ・黄色のネクタイという格好に徹している。
一見さまになってはいるが、純白の上着の変わりに赤の上着を身に付ける
と、実はルパンと同じ格好になってしまうのを他の門下生達は分かって
いるが黙っている。
ルパンネタは塔矢門下生、また囲碁界の禁句内容なのは暗黙の了解だ。
兄貴のスタイル。それは、お笑いとシリアスは まさに紙一重だという事
を無言で物語る。
兄貴は、偶然塔矢邸の近くを通ったので、一応様子がてらに足を向けた。
「そういえば、先生と奥様は今日に韓国に行かれたのだったな」
兄貴にとって おかっぱは、赤ん坊の頃から知っており、従兄弟・弟に
似た感情を持つ。手には、有名メーカーのプリンを携えていた。
が、何故か邸宅の中から、歌声が微かに聞こえくる。
「・・・アキラくん、何か音楽でも聴いているのかな?」
(※現在 塔矢邸台所、ぬか床前にて塔矢おかっぱ三段によるアンパンマン
の歌を生ライブ中)
機嫌良くぬか床をコネコネしながら、アンパンマンを歌うおかっぱの耳に、
呼び鈴が聞こえた。
急いで手を洗って玄関に向かい、ドア越しに「ハイ、どなたでしょうか?」
と、訪ねる。
「アキラくん、オレだよ」
「緒方さんですか?」
聞き覚えのある声におかっぱは、パッと顔を明るくし、玄関の鍵を開ける。
「近くを通ったまでに寄ったのだが、もう先生と奥様は出かけられた
のか?」
「ハイ、つい先ほどですけど」
兄貴は邸宅の奥を眺めながら耳を澄ますが、特に音は聞こえない。
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「気のせいかな?」
「何がですか?」
「あっ、いやなんでもない。そうだ、アキラくんコレ」
兄貴はプリンを おかっぱに渡す。
「わあ、どうもありがとうございます」
おかっぱの顔がニッコリほころぶ。
「緒方さん、これから夕食を作るんですが、もしよろしかったら一緒に
どうですか?」
「そうだな。たまにはいいかもしれんな」
「じゃあ、決まりですね!」
親密な付き合いのある人物にしか見せない、屈託のない笑顔を おかっぱ
は兄貴に向ける。
おかっぱは兄貴を居間に通すと、再び台所に行く。しばらく居間に座る
兄貴だが、おかっぱにだけ料理をさせる訳にはいかないだろうと思い、
腰を上げ台所に足を運ぶ。しかし、目の前に異様な光景が映った。
そこには白の割烹着を着て頭に同じく白の三角巾をし、そそくさと家事に
いそしむ おかっぱの姿があった。
兄貴の背広は肩下に下がり、メガネはズルッと横にすべる。
「ア・・・、アキラくんっ、その格好はいったいどうしたんだっ??」
「どうしたって何がですが?」
何事もないように平然と振舞うおかっぱに対し兄貴は、急いでくずれた
背広を正し、ズレたメガネを手で直す。
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「なっ、なんでまた いかにも『お袋さん』ってな格好をワザワザして
いるんだっ―――!?」
「何事も形から入れというじゃないですか?」と、おかっぱはシラッと
言う。
「まあ、それはそうだが。
っていうか、キミはもろハマリすぎなんだっあぁっ――――――――――――――!!!!!」
「そんなことはどうでもいいですよ、そうだ緒方さん。
今日はサバの煮つけ、それか鰆西京焼きのどちらがいいですか?」
「あ、オレはサバの煮つけがイイ・・・・い、いやそうじゃなくてっ!」
兄貴は焦った。日本の囲碁界を背負う人間の1人であるおっかっぱの
美的感覚を なんとか普通にしようと必死だった。
「アキラくん! ちょっとオレの話を聞いてくれっ」
「だから聞いているじゃないですか。
サバの煮つけと鰆西京焼きのどちらがいいって」
「だぁあ〜あああ〜からぁぁああ〜、人の話を聞けえええぇぇえ―――!」
「ハイハイ、何ですか?」
「ゼイゼイッ・・・・・、キミはもう少し日本の、いや世界の碁界を背負う自覚
を持たなくては・・・」
兄貴が言いかけていたその時、コンロにかけていた鍋が沸騰して、煮汁が
噴出した。
「あっ、火を小さくしなきゃ!」
おかっぱは、自分の目の前に立っている兄貴を勢いあまって吹っ飛ばして
しまった。が、鍋を優先して床に倒れている兄貴の背中の上を踏んづけて
火を止めに行った。
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