裏階段 三谷編 8 - 10


(8)
痛いと叫ぶもう一人の少年がいる。
赤みがかった柔らかくウェーブがついた髪で、黒と言うより茶に近い瞳の色。
透き通るような白い肌と痩せた体つきで、喘ぐように呼吸をし必死に自分の体の
上にのしかかっている者に訴えている。
『痛いよ…!痛いよもうやめて…!!』

「痛いよ…」
現実のほうの少年の発した声で我に返った。
少年の口調は切羽詰まったというより手順を踏まない事をたしなめようとするものだった。
先端の一番太い部分だけを飲み込ませただけの状態は彼に中途半端な苦痛を与えていた。
こちらが僅かに力を緩めれば若々しい弾力で押し出されそうである。
痩せた体に比例して彼の入り口もその奥の通路も相当狭い。
今まで何人の男がその無理を突き通す事に価値を見い出して楽しんだことだろう。
こちらにはその余裕はあまりなかった。
彼を欲した理由が見えて来たからだった。
それは彼を見かけた場所のせいでもあった。その時の彼の表情のせいでもあった。
一度彼から退いた。ズルリと異物を吐き出して一瞬ホッとしたように彼の体から緊張が解けた。
その安堵感を砕くようにもう一度強い力で押し入った。
「あああっ!」
体を捻って痛みから逃れようとするのを腰の部分を手で押さえ留める。
赤く腫れ上がった乳首を見せつけるように彼の胸部が反り返った。


(9)
自分でも不思議なくらいひどく興奮していた。
久しくアナルセックスから遠ざかっていたせいもある。
女性との交渉事も何か煩わしくて最近娯楽はもっぱら酒に走っていた。
人と飲む事があれば一人で飲む事もある。
勝手な理屈かもしれないが、そんなふうに女の事に関心が薄れて来ると
そろそろ結婚してもいいかなと考えたりもする。
適度に器量が良くて口煩くなければ誰でもいい。一人だけに縛られる気はさらさらない。
そういう話もないわけじゃない。人の顔を見ればお見合い写真を見せたがる後援会関係の輩は
一人や二人ではない。
もっとも、それこそそういう「つて」で結婚してしまえば、二度とこういう
火遊びどころではない“遊び”は出来なくなるだろうが。

「…ううーん…」
先刻より一段階奥に突き入られて彼は苦しげに呻いていた。
霧吹きで吹いたように細かな汗の水泡が首から胸、腹部にかけて浮かび上がっている。
ホテルの部屋の空調が若干高めのせいもある。こちらのシャツも汗で背中に張り付いていた。
だが服を脱ぐ気はなかった。恋人として肌を抱くわけではないからだ。
彼の体を押さえ付けてさらに奥へと無理矢理押し入ろうとした。
その時、彼の胸に視線を落としてぎょっとなった。
仰け反ったその胸の中央が縦に裂けてもう一人の少年の顔がこちらを覗いていた。
赤みがかった髪と薄茶色の瞳の彼と良く似た別の少年。それが、
頭部を、そしてゆっくりと上半身を持ち上げてこちらと向き合った。


(10)
「…消えろ」
白い影のように別の少年は無表情に揺らめき、こちらを冷たい目で見つめている。
今体を繋げているのがその幻の相手のような錯角だった。
こうして男の体の下に何度も組みしかれていたその少年は
自分が成長した時に自分に与えられた行為を与える側の人間になるとは、
思っても見なかっただろう。

髪や目の色を好きなように変える時代ではまだなかった。
家族からも、家族でないものからもその少年は排斥されていた。
色素が抜けたような白い肌と彫の深い顔だちと、若干長い手足のせいもあった。
父親や父方の血筋にないものとして、父と父方の親族から特に強く厭まれた。
母親は何も言わなかった。家族でありながら家族ではない、物心ついた時から曖昧な
境界線の中で囲碁に惹かれていったのは、自分のテリトリーを明確に主張できた
遊びだったからかもしれない。
「セイジくんは筋が良い。」
父親と自分の確執に遠慮して遠巻きに何かをいうだけの親族の中で、
プロ棋士という自ら特殊な世界に居たその伯父だけはその少年に優しかった。
わずかな機会の中で少年に囲碁を教えた。
厄介払いをするかのように父親はその伯父に少年を預けた。
母親が次に生んだ赤ん坊は真っ黒な髪と瞳を持っていた事に父親は満足していた。



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