誕生歌はジャイアン・リサイタルで(仮題) 8 - 10


(8)
碁会所は騒然となった。
「きゅ、救急車…誰か119番に電話を…」
携帯電話を取り出す広瀬をアキラが制した。
「待ってください広瀬さん!進藤がこうなったのはボクの責任…僕が助けます!」
「アキラ…立派になったな、やってみなさい」
元名人は満足そうに頷く。そしてアキラは、チアノーゼを起こしているヒカルの顔に自らの顔を近付け…。
「待て待て待てアキラ君!君は何をするつもりなんだ…」
慌てて止めに入る緒方に、アキラは真面目な顔で答える。
「眠り姫も白雪姫も、王子様のキスで起きるんですよ緒方さん!この囲碁界のプリンスのボクの口付けなら効果覿面に違い有りません!」
「…い、いや…この場合そうじゃないだろう…」
「じゃあいきなり挿入せよとおっしゃるんですか、緒方さんは!」
「何言ってるんだ君は!」
乱闘が始まりそうな雰囲気の中、元名人がアキラに大きな機械を差し出した。
「これを使いなさい、アキラ…」


(9)
「お父さん、コレは…お父さんが心臓発作を起こした時に使っている携帯用パドル!?」
「わかりました、やってみます!見ていてください、お父さん、グリーン先生!」
にっこりと微笑む元名人、拍手の渦が巻き起こる碁会所、チアノーゼが酷くなるヒカル、
グリーン先生はドラマのキャラクターだろう、と最早突っ込む気力すらない緒方。
「360にチャージ!」
「いきなり強すぎるぞアキラ君!」

その頃ヒカルは、川の中ほどまで到達していた。
しかし、水深が深くてこれ以上先に進めない、佐為が目の前にいるのに…ヒカルは焦った。
「でもオレ、プールでしか泳いだ事ないし、こんなに流れが速くちゃ…溺れちゃうかも」
そう思った途端、川底の苔の生えた石に足を取られ、転んでしまったヒカルは川に流されてしまう。
「わっぷ…わっ……さ、佐為ー!!」
服が重くて思うように体が動かない、溺れる!と思ったその時、ヒカルの体を引っ張り上げる腕があった。
「ヒカル…まったく、ムチャをするんですから…」
「さ、佐為…」
古風な船に乗り、いつもの微笑を浮かべる佐為が、ヒカルの目の前にいた。
「久しぶりですね、ヒカル」
「佐為、オレ…お前に会いたくて、それで、それでオレ…お前を…」
わんわん泣き出したヒカルを、佐為は優しく抱き締めた。
佐為の装束が濡れてしまう、とヒカルは思いついていたが、それでも佐為のぬくもりを
感じられる嬉しさに、涙が止まらなかった。


(10)
船はゆっくりと川を進んで行く。
「ヒカル、ここは三途の川なんです…だからあれほど来るなと言ったのに」
「そ、そうだったのか…ごめん、佐為の声が聞こえないからオレ…佐為に会いに行こうと」
「ムチャですよ、全く…でも大丈夫、ヒカルはまだ渡りきってませんから、戻れますよ」
「良かった〜誕生日が命日になるなんて、シャレになんねーもんな」
「そう言えば、今日はヒカルの誕生日だったんですね…」
「そうだよ!なんだよー忘れてたのかよ?ひでー佐為の薄情者っ!」
「こっちだと時間の感覚がなくなってしまって…でも、おめでとうございます、ヒカル」
「チェッ、許してやるか…ありがとな、佐為」
船は次第に、岸へと近付いて行った。

「さあヒカル、この先のこのトンネルを抜ければ、現世へ帰れますよ」
黄色い花で出来た道の先に、暗いトンネルが見える。ヒカルは佐為の装束の袖を掴んだ。
「…佐為は?」
「私は、一緒には行けません…ヒカル一人で行かなければ」
「…」
ゆっくりと佐為の袖を離すと、そのまま俯いてしまう。佐為はヒカルの頭に手を置くと、優しく諭した。
「ヒカル、私とはいつでも会える事を、もう知ってるはずでしょう?」
「…うん」
「さあ、行きなさい…でも、決して振り返ってはいけません。真っ直ぐ前を見て」
ヒカルは駆け出した、佐為にもうこれ以上涙を見せたくなかったから。
走りながら叫ぶ、大きな声で佐為に別れを告げた。
「佐為、オレ、神の一手を極めるから!それまでここには来ないから!待っててくれよな、佐為ー!」
佐為のあたたかな声が後から追いかけるように、風に乗って聞こえる。
「楽しみにしてますよ、ヒカル」

ペットボトルを持った和谷と消防士伊角のことは、ヒカルの頭からすっかり消えていた。



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