○○アタリ道場○○ 8 - 12


(8)

その頃、塔矢邸玄関先に1人の男が立っていた。
それは緒方兄貴。塔矢門下一の出世頭である兄貴は いつも上下純白の
スーツ・紺のシャツ・黄色のネクタイという格好に徹している。
一見さまになってはいるが、純白の上着の変わりに赤の上着を身に付ける
と、実はルパンと同じ格好になってしまうのを他の門下生達は分かって
いるが黙っている。
ルパンネタは塔矢門下生、また囲碁界の禁句内容なのは暗黙の了解だ。
兄貴のスタイル。それは、お笑いとシリアスは まさに紙一重だという事
を無言で物語る。
兄貴は、偶然塔矢邸の近くを通ったので、一応様子がてらに足を向けた。
「そういえば、先生と奥様は今日に韓国に行かれたのだったな」
兄貴にとって おかっぱは、赤ん坊の頃から知っており、従兄弟・弟に
似た感情を持つ。手には、有名メーカーのプリンを携えていた。
が、何故か邸宅の中から、歌声が微かに聞こえくる。
「・・・アキラくん、何か音楽でも聴いているのかな?」
(※現在 塔矢邸台所、ぬか床前にて塔矢おかっぱ三段によるアンパンマン
の歌を生ライブ中)
機嫌良くぬか床をコネコネしながら、アンパンマンを歌うおかっぱの耳に、
呼び鈴が聞こえた。
急いで手を洗って玄関に向かい、ドア越しに「ハイ、どなたでしょうか?」
と、訪ねる。
「アキラくん、オレだよ」
「緒方さんですか?」
聞き覚えのある声におかっぱは、パッと顔を明るくし、玄関の鍵を開ける。
「近くを通ったまでに寄ったのだが、もう先生と奥様は出かけられた
のか?」
「ハイ、つい先ほどですけど」
兄貴は邸宅の奥を眺めながら耳を澄ますが、特に音は聞こえない。


(9)

「気のせいかな?」
「何がですか?」
「あっ、いやなんでもない。そうだ、アキラくんコレ」
兄貴はプリンを おかっぱに渡す。
「わあ、どうもありがとうございます」
おかっぱの顔がニッコリほころぶ。
「緒方さん、これから夕食を作るんですが、もしよろしかったら一緒に
どうですか?」
「そうだな。たまにはいいかもしれんな」
「じゃあ、決まりですね!」
親密な付き合いのある人物にしか見せない、屈託のない笑顔を おかっぱ
は兄貴に向ける。
おかっぱは兄貴を居間に通すと、再び台所に行く。しばらく居間に座る
兄貴だが、おかっぱにだけ料理をさせる訳にはいかないだろうと思い、
腰を上げ台所に足を運ぶ。しかし、目の前に異様な光景が映った。
そこには白の割烹着を着て頭に同じく白の三角巾をし、そそくさと家事に
いそしむ おかっぱの姿があった。
兄貴の背広は肩下に下がり、メガネはズルッと横にすべる。
「ア・・・、アキラくんっ、その格好はいったいどうしたんだっ??」
「どうしたって何がですが?」
何事もないように平然と振舞うおかっぱに対し兄貴は、急いでくずれた
背広を正し、ズレたメガネを手で直す。


(10)

「なっ、なんでまた いかにも『お袋さん』ってな格好をワザワザして
いるんだっ―――!?」
「何事も形から入れというじゃないですか?」と、おかっぱはシラッと
言う。
「まあ、それはそうだが。
っていうか、キミはもろハマリすぎなんだっあぁっ――――――――――――――!!!!!」
「そんなことはどうでもいいですよ、そうだ緒方さん。
今日はサバの煮つけ、それか鰆西京焼きのどちらがいいですか?」
「あ、オレはサバの煮つけがイイ・・・・い、いやそうじゃなくてっ!」
兄貴は焦った。日本の囲碁界を背負う人間の1人であるおっかっぱの
美的感覚を なんとか普通にしようと必死だった。
「アキラくん! ちょっとオレの話を聞いてくれっ」
「だから聞いているじゃないですか。
サバの煮つけと鰆西京焼きのどちらがいいって」
「だぁあ〜あああ〜からぁぁああ〜、人の話を聞けえええぇぇえ―――!」
「ハイハイ、何ですか?」
「ゼイゼイッ・・・・・、キミはもう少し日本の、いや世界の碁界を背負う自覚
を持たなくては・・・」
兄貴が言いかけていたその時、コンロにかけていた鍋が沸騰して、煮汁が
噴出した。
「あっ、火を小さくしなきゃ!」
おかっぱは、自分の目の前に立っている兄貴を勢いあまって吹っ飛ばして
しまった。が、鍋を優先して床に倒れている兄貴の背中の上を踏んづけて
火を止めに行った。


(11)

兄貴は、おかっぱに踏まれた時「げふっ!」とガマ蛙が鳴くような声を
あげた。
「さすがは母は強しのお袋<pワーなりっ・・・・・」
兄貴はゴフッと少量の吐血をし、ガクンと床に顔を落とした。
「ちょっと緒方さん! お話は後で伺いますから、そんなところで
寝てないで、とりあえず居間で待っていてください!!」
おかっぱは、目をカァッ──!と見開いて、どエライ剣幕で怒鳴る。
そして、おかっぱは、目で捉える事の出来ない速さで、まな板上の大根を
タタタッと職人技のように みな同じ大きさで切っていく。
おかっぱの体から立ち昇る異様なお袋さん<pワーに圧倒されて、
兄貴は渋々 台所を後にした。

〜本日の塔矢邸の夕食〜
・サバの煮付け
・里芋の煮物(上にゆずの皮を散らしてある)
・大根とワカメの味噌汁(赤・白味噌の2種類使用)
・ほうれん草のおひたし(海苔醤油和え)
・ササニシキのご飯(新潟の農家と個人ルートで入手)
・きゅうりと人参のぬか漬け(美味しんぼにも登場しそうな一品)
・愛媛のミカン

・・・お題目・お袋おかっぱ、まだ続く。


(12)

兄貴が台所から逃げるように退散してから約1時間以内に夕食が
出来上がった。
まるで絵に描いたようなバランス良い見事な純和風の典型メニューに
兄貴は目を見張る。
「コレ、全部キミが作ったのかい?」
「ハイ、料理は昔から お母さんに少し仕込まれてました。
一般的な家事は出来るようにがウチの家訓ですから」
おかっぱは、客用茶碗(大正時代の骨董食器・金額¥40万ほど)に
ご飯を盛って 兄貴に渡す。
「緒方さん、どうぞ召し上がってください」
「ああ・・・、では頂こう」
おかっぱの作った食事の味は、なかなかのものだった。
味噌汁も化学調味料ではなく、きちんと自然素材からダシを取っていて
とても美味だ。
「・・・・・・ところでアキラくん、割烹着と三角巾 取らないのか?」
「ご飯を食べたら、イロイロとしなくちゃいけないことがあるので、
ボクのことは お構いなく」
そうは言われても、眼前にお袋おかっぱがいては食が進まない。
それどころか腹の底から笑いが込み上げてきて、つい兄貴は噴出した。
その途端、おかっぱの目がキラリーンと光った。いつのまにか右手には
ハリセンを握り締め、兄貴の頭上に雷が落下するが如く、スパパーンンンン
と一発しばく。
「食事をするときは、行儀良くしてくださいっ!」
おかっぱは、兄貴にド迫力の般若顔で注意する。
「ハ、ハイ。スミマセン・・・・・・」



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