Happy Little Wedding 8


(8)
だが、緒方は静かに答えた。
「・・・決まった女性は、特には居ません」
芦原ががっかりした顔をする。
この数ヶ月間彼女と交際を続けてきたのは事実だが、かと言って他の異性に比べ彼女一人が
自分にとって特別であるというような気持ちは、いつまで待っても起こらなかった。
もっとももしそんな事を彼女に言ったら、それはこっちの台詞だと返されるかもしれないが。

「ほう、そうなのか。緒方くんなら女性のほうから寄って来そうなのに意外だな、なぁ明子」
「あなた、最近はそういう話題もセクハラになるんですってよ。
緒方さんまだまだ若いんだもの、これからよねぇ」
「はは・・・」
全く女っ気が無いと思われるのも少々不本意だったが、取りあえず笑っておいた。
会話の内容をどこまで理解しているのか、アキラはクマのぬいぐるみの腹の辺りを
小さな手で撫でながら、不思議そうな顔で大人たちの顔を交互に眺めている。
そんなアキラの横で芦原がやけに真面目な顔をして呟いた。
「結婚かあ・・・オレもいつか、誰かとするのかなぁ・・・」
「芦原くんは同級生や院生の中に、好きな子でもいるのかね?」
「いや、・・・同級生とかそういうのは・・・いませんけど・・・結婚か〜・・・はぁ〜・・・」
まだ小学生なりに「結婚」という言葉が心の琴線に触れたらしく、
芦原はあ〜、うー、と混乱した溜め息を繰り返しながら隣に座るアキラのほうに手を泳がせ、
一瞬置いてからクマの頭をちょっと撫でた。
アキラが嬉しそうにクマの体をぴょんと躍らせ、芦原に向かってバンザイのポーズをさせる。
芦原がもう一度大きく溜め息をついた。
「オマエはいいよな〜。気楽で」
「きらく・・・じゃないよぉ」
言葉の意味が分かっているのかどうか甚だ怪しいアキラが唇を尖らせた時、
白い湯気をたなびかせてスープが運ばれてきた。



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