指話 8


(8)
棋士仲間による勉強会の中でパソコンのモニターに映し出された父とsaiの一局に
そこにいた誰もが心を強く引き付けられた。おそらく見た者全てが。
理想的な美しさを持った棋譜は、時代を超えて残るべき一戦となった。
自分や、あの人がおそらく望み続けていた父とのそれを、saiは手に入れた。
―進藤、と心の中で呟き、唇を強く噛んだ。
進藤は自分の遥か後ろを走っていると思っていた。実際そうだった。
なのに、こうしていつも突如遥か前方に聳え立つような存在感を放つ。
父に話を聞きたかった。saiと打つ事になった事情を。
そうして病院に向かったボクは、病院の廊下で我を忘れて進藤に詰め寄るあの人を見た。
あの人も父とsaiの対局を見ていた。そしてここへ来た。
少なくとも碁を打つ以外の場では、いつも冷静で感情を表に出さないあの人が
文字どおり目の色を変えていた。
進藤に逃げられ、高ぶって父に進藤とsaiの関連を尋ねるあの人にボクは
加勢する事が出来なかった。
そうするとあの人が進藤のものになってしまう、そんな気がした。
自分の心の中ではとっくにsaiは、進藤だと結論がついているのにもかかわらず。

父が復調し、結局十段戦はあの人が父を制して奪った。だが父の碁は、saiと打った事で
大きく変化を遂げていた。あの人は決して父を完全に捕らえたとは思えなかったはずだ。
saiに、父を奪われ、そして自分自身も奪われかけている。
あの人にはまだその自覚はないのだろうが。だが、いつかその事に気付く。
その前に何とかしたかった。あの人を引き留めたい、心からそう思った。
だがどうすればそれが出来るのか、その時はまだ分からなかった。



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