平安幻想秘聞録・第三章 8
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「な、何で?」
「無事なら無事で、正式に挨拶に来るのが筋と言うものだろうと」
藤原行洋が、近衛光はまだ病み上がりの身、窶れて見苦しいところを
帝にお見せするのは申し訳ないと申しておりました。そう取りなしたお
陰で、帝も一度は納得したらしいが。
「春の君が、ならば光を参内させて、帝がお声をおかけになれば、闘病
の励みとなりましょうと、おっしゃったそうですよ」
もちろん、身分の低い検非違使をわざわざ帝が御前に召すことはない。
囲碁指南のために参内する佐為の護衛としてヒカルも付き添い、あくま
で偶然に帝と出くわすという段取りになっているらしい。そして、その
場に東宮も、これまた、たまたま居合わすことになるのだ。
「うわー、姑息だな、東宮」
歯に衣着せぬ物言いで腕組みをするヒカルに、佐為と明は思わず顔を
見合わせた。
「とりあえず、行くしかないか」
「そうですね」
「俺の顔を改めて見れば、東宮も目が覚めるだろうしさ」
何しろ、御所でもここでも、明るいところで顔を合わせたことはない
のだ。ヒカルの方は、まだまともに東宮の顔さえ見ていない。
「・・・だといいんだが」
自分の容姿の美醜に頓着しないヒカルを、明は心配になる。例えば、
市中をどんなに目立たぬ服装で歩いたとしても、人目を引かずにはおか
ないほどに見目麗しい容貌なのだ、ヒカルは。もっとも、当の明も他人
のことを言えないところがあるのだが。
「文には早急にとありましたね?具体的にはいつです?」
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