身代わり 8
(8)
《ごめんなさい、ヒカル。ちょっと座っただけですよ》
それはひどく空虚に響いた。佐為の失望が、ヒカルにも伝わってくる。
(佐為……)
二人にしかわからない空気が流れる。佐為のために、自分はどうすればいいのだろうか。
自分はどうしたいのだろうか――――
(……よくわからない子だなあ……)
座っても表情をなにやら忙しく変え、思案げにしているヒカルを見ていると、天野のほうが
不安になってくる。
しかし塔矢行洋を相手にして、そわそわするなというほうが無理かもしれない。
対局開始が告げられた。同時にカメラマンはカメラをかまえ、ピントを合わせた。
しかしそのシャッターは二十分以上、押されることはなかった。
稚拙な手がすすみ、誰もが戸惑っていた。
「なんだよこの手。あいつなに考えてんだ」
「ここなんか、一瞬でつぶされそうだね」
新初段二人の話す声が聞こえてくる。しかしアキラは盤面だけを見ていた。
(なにか意味があるはずだ。あの手も、この手も、なにか特別な意味が……)
それを読み取ろうと全神経を集中させる。だがどうしても、ただのひどい碁にしか見えない。
画面は碁盤しか映さないので、二人の手が交互に行き来するところしか見られない。
ヒカルの顔が見たい、とアキラは思った。
いったいどんな顔をして、父の行洋と対峙しているのだろうか。
また父はどのような思いで、ヒカルと向き合っているのであろうか。
アキラは毎朝、行洋と打っている。そのとき行洋は、自分の内を透かし視るようなまなざし
を向けてくる。その視線にさらされると、決して隠しごとなどできないように思えてくる。
まるで心を裸にされているような感覚を味合わされるのだ。
そこまで考えて、なにか不快なものが胸のうちに込みあげてきた。
しかしそれが何に対してなのかはわからなかった。
アキラはかぶりを振って、余計な考えを追い出そうと努めた。
だがわけもわからぬ焦燥感が消えることはなかった。
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