月明星稀 8
(8)
爽やかな風が肌に心地良い。
近づいてきた人の気配を感じてか彼が振り返り、ヒカルを認めて小さく微笑んだ。
髪をかきあげながら水を払うように軽く頭を振ると、飛び散った雫が朝陽をうけてキラキラと光った。
背も、体格も、ほとんど変わらぬだろうと思っていたのに、こうして明るい日の光の下で見る彼の身体
は、もはや少年のそれではなく、引き締まった鋼のような痩躯が、濡れた黒髪の艶やかさが、水を弾く
肌の白さが朝陽の下で眩しくて、ヒカルは思わず目を細めた。
かつて、一度とはいえあの腕が俺を抱き、あの胸に俺は顔を埋めたのか。彼の身体は熱く、彼の腕は
力強く、自分の中に押し入ってきた彼は雄々しく逞しく、そして彼の囁きは思いだしただけで顔が火照る
ほどに熱く甘かった。
一気に蘇る記憶に、ヒカルは頬を赤らめて彼の裸身から目をそらす。
その様子に彼が小さく笑った。笑われて、ヒカルは益々顔を赤くさせた。
そのまま言葉も発さずに彼は身体を軽く拭い濡れた衣を絞って井戸を離れ、ヒカルの横をすり抜ける。
後から振り返って彼の後姿を目で追った。何か言ってくれないかと追い縋りたい気持ちを断つように、
ヒカルは井戸端へと足を進める。水を汲み上げて手を濡らすと井戸水はひんやりと冷たく、口に含む
と仄かな甘みを感じた。
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