裏階段 アキラ編 83 - 84
(83)
「特訓?」
芦原は小声になった。
「…アキラくんがそう言ったわけじゃないけど、中学の囲碁の大会、…今日だっけ。
なんでもアキラくんを負かしたっていう例の子が出て来るんでしょう?
アキラくん、コワイくらい気合い入っていて、何度も対局させられました。」
小声で話していたにも関わらず聞き付けたのか、常連客の老人が言葉を挟んだ。
「うちらとしては一刻も早くアキラ先生にはプロになって欲しいところですがねエ。」
中学生になった事で一層アキラをプロへとせき立てる声が周囲で高まっているのは
知っていた。先生の後援会会長は前回アキラがプロ試験を見送った事にさえも
何か小言を言ってきたらしい。親子鷹を好む風潮は根強いものがある。
今日、某かの結論が出る事だろう。
アキラがやって来るような気がして、その日は早々にマンションに戻った。
先生は桑原との碁聖防衛戦で地方に滞在中のはずである。
アキラと食事でもして、ゆっくり進藤との一局を検討してやってもいい。
夕方になってインターホンが鳴った。
「…ボクです。…いいですか?」
通話器越しに聞こえてきたアキラの声は想像していたものより低く、大きな
失意を抱いているのは明らかだった。
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玄関のドアを開けると湿度を含んだ外の熱気が室内に流れ込んだ。
そこに海王中の制服のままのアキラが立っていた。
疲労感を滲ませたアキラのその表情から今日の進藤との対局がどういうものに
終わったか、想像がついた。
それはオレも先生も可能性として心配していたところだった。
アキラが全力を尽くしてなおかなわない相手などそういない。少なくとも日本においては。
過度の期待は手痛い反動を呼ぶ。
「理想的なライバルはそんなに都合良くは現れてくれないものさ。良くわかっただろう。」
「…上がってもいいですか?」
「どうぞ。」
オレの言葉に反応する様子もなく、アキラはそのまま無言でリビングに向かう。
てっきりキッチンで何か冷たいものでも飲むつもりだろうと思っていたが、
そこを通り過ぎて奥のバスルームのドアの前まで行く。
アキラはその場で服を脱ぎ始めた。
「おいっ…」
驚いて声を掛けたがアキラはこちらに背を向けたまま全裸になった。
真っ白な背中から腰にかけてのラインと丸い臀部が露になった。
そしてアキラは一瞬こちらを振り返ると睨むようにオレを見つめて、
バスルームに入っていった。シャワーを使う音がした。
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