Linkage 85 - 86
(85)
緒方が自宅のマンションへ辿り着いたのは、正午を過ぎてからだった。
昨夜、中華街で食事をして以来、特に何も食べてはいなかったが、半日以上経った
にもかかわらず、これといって食欲がない。
固形物を胃に入れるより、むしろ何か液体で喉の渇きを癒したかった。
台所へ向かった緒方は、冷凍庫を開けると、冷えたズブロッカの瓶とショットグラスを
取り出し、リビングへと向かった。
荒々しくソファに腰を下ろし、ズブロッカの瓶を開ける。
冷凍庫で冷やしても凍結しないトロリとした淡い黄緑色の液体をショットグラスに
注ぎ込むと、緒方は一気にそれを呷った。
アルコール度数40度の冷え切った液体が、喉の粘膜を刺激し、感覚を麻痺させる。
味わうことなく、喉の奥へと一息に流し込んだためか、本来感じられるはずの柔らかな
甘味は舌に残らなかった。
液体に溶け込んだバイソングラスの香りだけが、僅かに口腔内を撫で、鼻腔をくすぐる。
(……これが飲まずにやってられるか!)
怒りの矛先を向ける相手は、他ならぬ自分自身だった。
自身を責め立てるように3杯、4杯と続けてショットグラスを干すと、先刻まで空だった
胃が悲鳴を上げ始め、緒方は新たに酒を注いだグラスをテーブルに戻した。
(……結局こうやって酒に逃げるのがオレなのか……)
緒方は膝に肘をつき両手で額を押さえ込むと、項垂れたまま深く溜息をついた。
(86)
凍てつくような冷たい酒が通り過ぎた後の喉は、ただひたすら熱く、ひりひりと痛む。
「……正気の沙汰じゃないな、まったく……」
低くそう呟いて、おもむろに顔を上げると、テーブル上のショットグラスを手に取り、
中の液体をグラスの縁を撫でるようにゆっくりと転がした。
ガラス越しに伝わる液体の温度と、グラスを持つ指先の温度が次第に同化していく。
その氷結しそうなほどの冷たさが、酔いの回り始めた緒方の朦朧とする意識を現実へ
引き戻す役割を果たしていた。
「素面の方がよほど酔っているとは、オレもいよいよ焼きが回ったか?
……一体、オレは何に酔ったっていうんだ……」
そう言い捨てると、グラスの中身をゆっくりと飲み込み、空のグラスをなんとか
テーブルに置いた。
そのままソファの背凭れに、だらしなく上半身を沈み込ませる。
前方の窓ガラス越しには、冬の午後の乾いた空が広がっていた。
あまりの日差しの強さに、思わず薄い榛色の瞳を閉じた緒方は、窓際のテレビが
ソファに影を落とす方向に頭を向け、横たわった。
暖かい午後の日差しがソファに横になった緒方の胸部から下肢にかけてを照らす。
「……今頃……アキラ君は学校か……。彼は小学生だぞ……?…そんな子に……
欲情して…どうする……」
酒の酔いから来る眠気を日差しの暖かさが後押しする中、緒方はとぎれとぎれに
そう呟くと、睡魔にその身を委ね、深い眠りについた。
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