裏階段 アキラ編 85 - 86


(85)
呆気にとられたようにして溜め息をつき、乱雑に脱ぎ捨てられたアキラの服を拾った。
夏の雑踏を歩いて来た、若さ相応の汗の匂いを感じた。
制服はハンガーに掛け、それ以外のものは洗濯機に放り込んだ。
以前アキラが泊まりに来ていた頃に残していった服の類はもう小さくなっている。
仕方なくオレのバスローブを脱衣所のカゴに置いてやった。
ソファーに腰掛けて雑誌を開く。
だが内容が頭に入るわけではない。
頭に血が登っている彼に、彼のプライドを傷つけることなく宥める方法を
考えていた。
「よけいな事を言うんじゃなかったな…。」
後悔は先に立たずだった。

しばらくしてバスローブを着て
頭からバスタオルを被ったアキラが出てきた。
脱衣所の前に立ったまま、タオルの中の、濡れた前髪の間からオレを黙って見つめている。
「ここに座りなさい、アキラくん。…とにかく話を聞こう。」
雑誌を傍らに置き、隣に座らせるつもりで腰を少し移動させた。
アキラは傍までは素直に寄って来た。
だがソファーに座るのではなく、膝を乗せて上に登って来た。


(86)
「…?」
アキラはそのままオレを跨ぎ、オレの膝の上に間近に向かい合うように腰掛け
オレの首に手を回してきた。
そしてオレの唇に自分の唇を重ね合わせてきた。
重ねては離し、強く何度も唇を押し付けてきた。
「…待ちなさい、アキラくん、」
さらに顔を近付けようとするアキラの肩を掴んで止めた。
だがアキラは両手でオレの眼鏡を外そうとした。
そのアキラの手首を掴んだ。
「落ち着くんだ、アキラくん。」
眼鏡を床に落とされないよう、アキラの手から眼鏡を取りかえして畳み、
ソファーの隅に放った。
体格に合わないバスローブの合わせた前がはだけてアキラの鎖骨から薄い胸板が
見える。
頭から被っていたバスタオルが肩にずれ落ちていた。
そのバスタオルでアキラの濡れた髪を包んでゴシゴシこすってやった。
「これからは出来る限り碁会所に顔を出すよ。」
髪を拭きながらそう伝え、アキラの額に軽くキスをした。
「…緒方さん」
何かを決意したような目でアキラがオレを見つめた。
「…ボク、プロ試験を受けます。…プロになります…。」



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