日記 86 - 90
(86)
ヒカルは、力任せに俯せにされた。和谷が片手で軽々と、ヒカルの細い手首を背中で
一纏めにした。それでも、逃げようとヒカルは必死に抵抗した。和谷の手がヒカルの
細い腰を引き寄せた。
「や…やだ!やめて…やめてよ…」
哀願をするヒカルを無視して、和谷がそこに熱いモノを押しあてた。
「わや…!やだ!やぁ…!いやだぁ――――――――!」
熱くて重いモノがヒカルを引き裂いた。
―――――佐為!助けて!佐為!…先生…助けて…!
ヒカルは、知っている者すべてに助けを求めた。だが、実際に口から出たのは、たった
一人だけだった。
「塔矢…!とうや!助けて…とうや…!」
ヒカルは、自分がアキラを呼んでいる自覚はなかったし、そして、そのことがますます
和谷の嫉妬を煽ることを知らなかった。ヒカルが、その名を呼ぶ度に、和谷は切り裂くように
ヒカルを突き上げた。
ヒカルのその叫びに呼応するように、リュックの中の携帯が鳴った。今、番号を知っているのは、
アキラだけだ。ヒカルは、それをとろうと腕を伸ばした。が、その指先は空を切り、力無く
床に落ちた。何度も繰り返したが、果たすことはできず、やがて、それは切れてしまった。
「とうや…!」
ヒカルの身体が前に崩れた。その髪を、和谷が掴んだ。そのまま、引っ張られ、上体を
引き起こされる。白い喉を仰け反らせながら、ヒカルはアキラを呼び続けた。涙が止まらなかった。
「あぁ…」
身体の奥に熱い液体を叩き付けられた。その瞬間、ヒカルは意識を手放した。だが、和谷は、
想いを遂げた後もまだヒカルを放そうとはしなかった。
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あの後、何度和谷の精を受けただろう。ヒカルは、放心した様子で座り込んでいた。
行為の後、和谷は優しかった。涙で汚れた顔と、血と精液で汚れた身体を濡れタオルで
奇麗に拭ってくれ、不完全ながらも、傷の手当をしてくれた。
裂かれた服の代わりに、和谷は自分の服をヒカルに着せた。その間、ヒカルは大人しく
されるがままだった。混乱して、何も考えられなかった。ただ、アキラのことだけを想っていた。
痛む身体を押して、よろよろと立ち上がる。玄関のドアノブを回したとき、錠が下りていることに
気がついた。それを見ても何の感情も湧いてこない。苦労して、ゆっくりと鍵を外した。
和谷が、何かを言ったが、ヒカルの耳には届かなかった。
いつもの何倍もの時間をかけて、ヒカルはアキラのアパートまで来た。震える指で
呼び鈴を押した。が、返事は返ってこなかった。
「そ…そうだ…合い鍵…」
ポケットの中を探る。
その時、ヒカルは自分が何も持っていないことに初めて気がついた。全部、置いてきて
しまった。何もかも…。
堪らなくなって、ドアを叩く。
「塔矢!塔矢!」
ドアを叩きながら、叫んだ。
しかし、ドアは閉ざされたままだった。ヒカルは、その閉ざされたドアが、そのまま、
アキラの意志のような気がした。
――――――塔矢に嫌われた…
ヒカルは、絶望的のあまり、目の前が真っ暗になった。
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「―――?」
夜更けに鳴った呼び鈴の音に、緒方は訝しげに顔を上げた。予期せぬ訪問者に心当たりが
あった。こんな真似をするヤツは、一人しかいない。だが、いくら何でも非常識すぎる
だろう。今日こそ、みっちり、説教をしてやる。
そんなことを考えながらも、顔がほころんでいた。不機嫌な声をワザとつくって、
インターフォンを取った。
「誰だ?」
相手は、押し黙ったままだった。不思議に思って、緒方はもう一度、誰何した。
「進藤じゃないのか?」
「………せんせぇ…」
消え入りそうなその声に、不安がかき立てられた。緒方は、慌てて鍵を開けた。
憔悴しきったヒカルの表情に、緒方は驚かされた。こんなヒカルを見たことがない。
まじまじとヒカルの顔を眺めた。その頬は腫れ、少し唇が切れていた。
「どうしたんだ?ケンカでもしたのか?」
ヒカルの頬に手を伸ばした。指先が触れる瞬間、ヒカルは金切り声を上げて、緒方から
逃げた。玄関のドアにすがって、大声で泣き叫んだ。
緒方は、落ち着かせようとヒカルを抱きしめた。
「や…やだ!やだあ!」
腕の中で、ヒカルが藻掻いた。そっと、髪を梳き、背中を撫でてやる。
「大丈夫だから…」
あやすようにヒカルを抱き上げ、部屋の中へ連れて入った。
緒方は、ヒカルを抱いたままソファーに腰を下ろした。ヒカルは、もう暴れるのをやめていた。
緒方の膝の上でジッとしている。だが、その様子は、落ち着いたと言うよりは、放心して
いると言った方が正しかった。
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ヒカルがぼんやりと呟いた。目の焦点が合っていない。遠くを見ているようだ。
「先生……塔矢がいない…」
「?」
一瞬意味が分からなかった。ヒカルは、譫言のように何度も繰り返した。
「塔矢がいない…」
「…アキラ君は、地方のイベントだ…知っているだろう?」
ヒカルが弾かれたように顔を上げた。目が大きく見開かれ、たちまち涙があふれ出した。
緒方の胸にすがって、ヒカルは泣いた。
ヒカルの身におこったことの察しはついていた。手首の掴まれたような痣や、喉や襟元についている鬱血した痕が痛々しい。
「誰が…こんな…」
緒方の呟きに、ヒカルは黙って首を振った。知らない相手と言う意味か、言えないと
言う意味なのか……おそらく、後者だろう。乱暴をされた割には、ヒカルの服装は乱れていない。
「手当は…?」
ヒカルは曖昧に頷いた。緒方は、ヒカルの服を脱がそうとした。
「やだ!」
小さく叫んで、緒方の胸にしがみついてくる。
震える肩を抱きしめながら、「何もしない。怪我を見るだけだから。」と、ヒカルが
納得するまで、根気強く諭した。
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ヒカルの状態は、緒方が想像していたよりもずっと酷いものだった。体中に痣がついていた。
下着に手を掛けると、ヒカルはギュッと目を閉じた。身体が小刻みに震えている。ヒカルは、
叫びそうになるのを必死で堪えているかのように見えた。
緒方は、既に役に立っていないガーゼをゴミ箱に捨てた。ヒカルの後門へ軟膏を塗りこんでいく。
ベッドの上に、裸で横たえられているヒカルは、自分の手の甲を噛んでこの行為に耐えていた。
ヒカルをこのような目にあわせた相手を憎らしく思った。そして、それと同時に哀れにも感じた。
こんな方法でしか、自分の想いを伝えられなかったのだ。自分の姿が重なった。
緒方は、宥めるようにヒカルの髪を軽く梳いた。ヒカルが、閉じていた目を開けて、
緒方を見つめた。ヒカルの口から、手をそっと外すと、その血の滲んだ手の甲にも薬をつけた。
「進藤、薬…」
緒方は、鎮痛剤をヒカルに飲ませた。ヒカルは、差し出された水を一気に飲み干した。
「先生…もっと水…」
ヒカルの額に手を当てると、少し熱かった。ヒカルは今夜、ゆっくり眠れないかもしれないと思った。
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