失着点・展界編 86 - 90
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和谷は台所でペットボトルの水を飲み、一息ついて伊角の様子を見ていた。
伊角はお世辞にも滑らかとは言えない不規則な動きで、ヒカルが少しでも
声を出したりすると動くのを止めて不安気に伺っている。それでも
伊角自身は十分感じているのか、顔を赤らめ、息は荒いままだった。
反対にヒカルは、さほど快楽を感じていないのか、さっきよりさらに
ぐったりしていた。和谷は口を拭いペットボトルをテーブルに置いた。
「…伊角さん、ちょっと、いいかな…」
行為に夢中になっていた伊角は、和谷に急に話し掛けられ真っ赤になった。
「え…?」
「進藤の体を抱き起こしてよ。」
最初伊角には意味が良く分からなかったようだったが、和谷が膝の上に抱くと
いうジェスチャーをして理解したようだった。
「こ、こうか…?」
和谷も手を貸して繋がったまま伊角がまず床に尻をつけて、ヒカルの足を前に
出させ、伊角があぐらをかいて座った上にヒカルを乗せたかたちになった。
「くっ…」
体を起こされて自分の体重で深く伊角を受ける感じになり、ヒカルは呻いた。
和谷の目前に伊角とヒカルの結合部が曝され、ほとんど気力を失っている
ヒカルと対照的に伊角は興奮を増したように更に赤くなった。
「わ、和谷…?」
「オレ、進藤には、もっともっと感じてもらいたいんだよ…。」
和谷はその部分に顔を近付けると、質量を落として小さく縮みかけていた
ヒカル自身の根元に口に舌を這わせた。ビクンッとヒカルが体を震わせた。
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和谷の意図を察知したヒカルは目を見開いて起き上がろうとした。
「ヤ…ダ…っ!」
慌てて伊角がヒカルの上半身を抱え込み、和谷もヒカルの両足を抱え込んだ。
そうする事でヒカルが暴れれば、自分の体重がその一点に集中するため、
程なくヒカルは動かなくなった。
和谷はヒカルの膝を持ってV字に抱え上げるようにして、その中心に顔を
埋めた。ビクンッと再度ヒカルは体を震わす。
「和…谷…、お願…い、…やめて…よ…」
弱々しくヒカルは哀願したが、聞き入れられなかった。
和谷の舌は、ヒカル自身の根元から結合しているところまで動いた。
その時伊角の根元にも触れた。
「う…くっ」
それだけでも伊角の中に電流が走り、自分自身のそばで和谷の舌が動いて
いると思うだけで伊角は強く感じ、ヒカルの中で張り詰めた。そしてその事が
更にヒカルを追い詰める。
「は…あっ、や…ああっ!」
和谷は舌でヒカル自身全体を舐め上げ、先端からスッポリと口に含み、扱く
ように顔を動かし始める。熱を取り戻したそこが階段を登り始める。
それによって狭道が締まり、伊角も頂上に向うために動き出した。
「ああっ…はっあっ…あ!!」
体験した事のない激しい波に、ヒカルは翻弄された。アキラが入った時と、
アキラに入った時、それらがないまぜになったような感覚に飲み込まれ、
目の前が真っ白になって行った。
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「や…あっ…ああ―っ…!!」
ほとんど体のどこも動かせない状態の中で激しくヒカルの体が震え、伊角に
体内に出され、和谷の口の中に出す。下半身が解けて崩れていくような衝撃に
気を失うようにヒカルの体が横に倒れ、驚いた伊角が慌てて支えた。
和谷は顔を離すと台所に向い、流しに口の中のモノを吐いて口をゆすいだ。
「…苦いんだな、これって…」
テーブルの上のペットボトルの水を一息に飲み干す。
「大丈夫か、進藤…!」
伊角はヒカルから抜き出た。伊角自身の先端から糸をひいて雫が落ちた。
それをそのままズボンの中にしまい込んでファスナーを上げ、ヒカルを床に
横たわらせると縛っていたタオルを取った。そんなに強く締めていなかった
はずだが、手首にはくっきりと痕が残っていた。
そのタオルでヒカルの顔の汗と涙を拭き取る。
和谷もズボンを履くと別のタオルでヒカルの内股を拭いて綺麗にした。
「…傷はつかなかったみたいだよ、進藤。」
ヒカルの足に下着とジーパンを通させる。ぐったりしていたヒカルものそのそ
動き出すと、自分で立ち上がってジーパンを履き、ベルトを締めた。
途中フラつき伊角が支えるが、無言でその手を払い除けた。
そしてリュックを取り部屋を出様とした時、和谷に声を掛けられた。
「最後にお前の良い声が聞けてうれしかったよ。」
ヒカルは和谷を睨み付けた。和谷は真剣な目で続けた。
「進藤、…オレを殺してもいいよ。でないとまたいつか襲うかもしれない。」
ヒカルは無視するように黙ったまま靴を履き玄関から出て行った。
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伊角はペたりと座り込むと壁にもたれて頭を抱え込んだ。目を閉じ、歯を
食いしばっている。和谷はその隣に腰を下ろした。
「…悪かったね、伊角さん…。伊角さんまで共犯者にしちゃった…。」
「…いいんだ。」
伊角は和谷の肩を抱いて引き寄せた。
「…決めたんだ。…オレも和谷と一緒に…同じだけ、一生、…進藤に憎まれる
ことにしたんだ…。」
そう言うと伊角は和谷の髪にそっと口づけた。
外はすっかり暗くなっていた。どれ位時間が経って、今が何時なのかわからな
かった。ただ、ひたすらヒカルは歩いた。涙が溢れて来て頬を伝わり、
すれ違う何人かの人達は怪訝そうに振り返った。地下鉄に乗っている間も涙が
止まらず心配して声をかけて来る初老の婦人もいたが、ヒカルは応えず、
その場から逃げた。ただ、アキラに会いたい。あの部屋に辿り着きたい。
それだけが今のヒカルの望みだった。
以前は、あの部屋の中であったことが信じられず、その事が非日常的で何か
取り返しの効かない間違った事のように思っていた。でも、今は―
今は、あの部屋の中だけが自分にとって律された真実の場所だったと思える。
アパートのアキラの部屋の前に立ち、ドアノブを回す。だが、空いていない。
小さく震える手でキーを差し回し、ドアを開ける。
部屋の中には誰もいなかった。きちんと整とんされた部屋の中央には準備を
終えた旅行鞄があり、まるでもうすぐこの部屋の主人が再びどこか遠くへ
旅立つような、そんな空気を漂わせていた。
ヒカルはストンと、その場に座り込んだ。
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「…塔…矢?」
ヒカルは呆然とその場で旅行鞄を見つめていた。これは罰だと思った。
初めてこの部屋に来た時の事を、アキラとの事をいつでもなかったことに
出来ると考えた自分がいたことへの。
その時、背後でドアが開く音がした。
「…進藤?」
あんなに会いたかった相手のその声に、すぐには、ヒカルは後ろを振り向く
ことが出来なかった。怖かった。碁会所の時のような笑顔でなくて、もしも
すまなそうな表情で、ヒカルが望まない話をされたら…。
アキラは直ぐにヒカルの様子がおかしい事に気付いて買い物の包みを床に置き
ヒカルのそばに座った。買い物袋の中でミネラルウォーターのビンが倒れた。
「…どうしたの?進藤…」
ヒカルの顔をアキラは覗き込み、涙が流れる頬をそっと撫でた。
「進藤…?」
「…た…い…」
「え…?」
「…どこか遠くへ…塔矢と二人で行きたい…二人だけで…」
ヒカルはアキラにしがみついた。力を入れ、肩を震わせて、抱き締めた。
「…行きたいよ…」
「進藤…」
子供をあやすように、アキラは嗚咽するヒカルの背中を摩り、頭を撫でた。
そして、アキラはヒカルに答えた。
「…そうだね、…行こうか、…二人で、どこかに…。」
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