Linkage 87 - 88
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インターホンが鳴ったのは、リビングに差し込む日の光が傾き始めた頃だった。
緒方は物憂げに身を起こすと、ずれた眼鏡を直し、ゆっくりとソファから立ち上がった。
頭がひどく痛む。
眉間の周辺を指で何度も押さえながら、壁に掛かったインターホンの受話器を手にすると、
怠そうに「はい」とだけ返事をした。
──緒方さん?……ボクなんですけど……。
聞き覚えのある声に、一瞬にして眠気が吹っ飛ぶ。
「……アキラ君かい?」
──そうです。今、いいですか?
しばらくの間考え込んでいた緒方だったが、やがて大きく息を吐き出すと、改めて
受話器を握り直した。
「……ああ、いいよ。今、開けるから」
マンションの入り口のオートロックを解除し、受話器を戻すと、緒方は思わず頭を振った。
両手で髪を整え衣服の乱れを直すと、玄関へ向かう。
程無くして、玄関ドア越しにアキラの足音が聞こえてくると、ロックを解除し、僅かに
ドアを押した。
「……緒方さん?」
隙間から小声で確認してくるアキラにぶつからないよう、ゆっくりと緒方がドアを押し
開けると、目の前にはスタンドカラーのジャケットに膝下丈のズボン姿のアキラが
ランドセルを背負って少し照れ臭そうに立っていた。
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「突然来て、ごめんなさい」
アキラは申し訳なさそうに緒方の顔を覗き込んだ。
「構わないさ。昨日もそうだっただろ?アキラ君はいつも突然の来訪者だからな」
緒方は苦笑しながらも優しくそう言うと、アキラに中へ入るよう促す。
アキラはホッとした様子で玄関に入り、革靴の紐を解いて靴を脱ぐと、それをきちんと揃えて並べた。
緒方の招きに従いリビングへ向かう。
「学校帰りに寄るには、ここは遠かっただろう?」
緒方の言葉に首を横に振ると、アキラは緒方が手で示した先にあるソファに浅く腰掛けた。
「今、片付けるから、ちょっと待っててくれ」
テーブルの上の酒瓶とショットグラスを手に取ると、緒方は慌ただしく台所へ向かった。
程無くしてペリエのボトルとグラスを2つ載せたステンレスのトレイを片手に戻って来きた緒方は、
アキラの横に腰掛ける。
「アキラ君用にペリエをボトルキープしておかないとな、ハハハ。……どうした?ランドセルを
置かないのか?」
アキラの前に置いたグラスにペリエを注ぎながら緒方が尋ねると、アキラは膝の上に置いた手を
じっと見つめたまま答えた。
「……すぐに帰るつもりで来たんです。緒方さん、月曜日はいつも碁会所に来るのに、今日は来て
ないから、ちょっと心配になって……」
(小学生に心配されるとはな……)
自分のグラスにペリエを注ぎ終えた緒方は、ボトルをテーブルに置くと、アキラのランドセルに
手を伸ばした。
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