失着点・展界編 89


(89)
伊角はペたりと座り込むと壁にもたれて頭を抱え込んだ。目を閉じ、歯を
食いしばっている。和谷はその隣に腰を下ろした。
「…悪かったね、伊角さん…。伊角さんまで共犯者にしちゃった…。」
「…いいんだ。」
伊角は和谷の肩を抱いて引き寄せた。
「…決めたんだ。…オレも和谷と一緒に…同じだけ、一生、…進藤に憎まれる
ことにしたんだ…。」
そう言うと伊角は和谷の髪にそっと口づけた。
外はすっかり暗くなっていた。どれ位時間が経って、今が何時なのかわからな
かった。ただ、ひたすらヒカルは歩いた。涙が溢れて来て頬を伝わり、
すれ違う何人かの人達は怪訝そうに振り返った。地下鉄に乗っている間も涙が
止まらず心配して声をかけて来る初老の婦人もいたが、ヒカルは応えず、
その場から逃げた。ただ、アキラに会いたい。あの部屋に辿り着きたい。
それだけが今のヒカルの望みだった。
以前は、あの部屋の中であったことが信じられず、その事が非日常的で何か
取り返しの効かない間違った事のように思っていた。でも、今は―
今は、あの部屋の中だけが自分にとって律された真実の場所だったと思える。
アパートのアキラの部屋の前に立ち、ドアノブを回す。だが、空いていない。
小さく震える手でキーを差し回し、ドアを開ける。
部屋の中には誰もいなかった。きちんと整とんされた部屋の中央には準備を
終えた旅行鞄があり、まるでもうすぐこの部屋の主人が再びどこか遠くへ
旅立つような、そんな空気を漂わせていた。
ヒカルはストンと、その場に座り込んだ。



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