Linkage 89 - 90
(89)
「心配かけて済まなかったな、アキラ君。……そうだな、今日は碁会所に行く日だったな……。
それにしても随分重いぞ、このランドセルは」
そう言ってアキラの背中からランドセルを下ろしてやると、緒方はそれをアキラの座るすぐ横に置いた。
「まあ飲んでくれよ。お気に入りだろ?」
緒方が差し出したグラスを手にすると、アキラははにかみながらも嬉しそうにグラスに口を付けた。
「……お酒、飲んでたんですか?」
半分ほど飲み終えたところで、アキラは自分の様子を見つめていた緒方に視線を向ける。
緒方はやれやれといった体で肩をすくめると、額に落ちかかる前髪を掻き上げた。
「……現物を見られちゃノーとも言えんな」
「……ボクのせいですか……?」
緒方は大きく溜息をつくと、アキラの頭を軽く撫でた。
「……違う。アキラ君のせいじゃない。オレ自身のせいだ。……まったく……キミは勘違いしてるな……」
「……でも……」
「自分を責めるのも時と場合によるぞ。少なくともあの一件に関して、アキラ君が責められるべき理由は
何もない」
緒方の口調はあくまでも優しいものではあったが、これ以上のアキラの反論を許さない重みがあった。
アキラはグラスをテーブルに置くと、再び手を膝の上に置き、そこに視線を留める。
緒方は自分のグラスを一気に呷ると、しばらく黙ったまま、俯くアキラを見つめていた。
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しばしの間、静寂がリビングルームを包み込んでいたが、それをアキラが突然打ち破った。
「……ああいうことって、どうしてするんですか……?」
言い出すまでによほど覚悟が必要だったのだろう。
アキラは耳まで赤くなりながら、膝の上に向けた視線を外すことなく、なんとか緒方にそう尋ねた。
緒方は手にしていた空のグラスを一瞬落としそうになったが、慌ててそれをテーブルに置くと、
両肘を膝について頭を抱え込んだ。
「……どうしてって言われてもなァ……」
アキラは頭を抱え込む緒方の方にチラリと目を遣ると、すぐさま視線を膝の上に戻す。
「……だって………だって、ああいうことって、普通は好きな女の人とかにすることなんでしょう……?」
緒方は仕方なく顔を上げると、眼鏡を外し、テーブルに置いた。
鈍い痛みが襲う眉間の周辺を指で押さえながら、ソファの背凭れに身を沈める。
「……表向きはそういうことになってるだろうな……」
「……『表向き』ってどういう意味ですか?」
アキラは緒方の方に向き直ると、やや強い口調で緒方に詰め寄った。
(これだから子供ってヤツは……)
そんなアキラに緒方はフンと鼻で笑うと、両手を組んで頭上に置く。
頭痛のせいもあって、緒方はどこか苛ついている様子だった。
「そんな綺麗事じゃないということさ。……オレは昨日、アキラ君を欲しいと思ったから抱いた。
言っておくが、嫌いなら抱く気にはならん。好きかどうかはともかく、とにかく欲しいと思った。
その欲求をオレの本能が後押ししたということだ」
「……でも、ボクは男ですよっ!?」
激昂したアキラは、思わず傍らにあったランドセルを叩いた。
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