兄貴vsマツゲ? 9 - 10
(9)
半開きのドアを押さえたまま緒方が振り向くと、アキラは相変わらず永夏に肩を抱かれたまま
椅子の上でハンカチを握り俯いている。
艶やかなアキラの黒髪に頬を寄せながら、永夏が勝ち誇ったように豪華な睫毛をバサバサ
言わせていたが緒方の目には入っていなかった。
「・・・アキラくん、オレはもう帰るぜ。ついて来なくて、いいのか?」
我ながら嫌らしい問い方だと思いながら緒方は言った。
俯いたアキラから目が離せない。
今すぐアキラが顔を上げて永夏の手を振り払い、緒方さん・・・っ!と駆け寄ってきてくれるなら
自分もアキラくん・・・っ!と両手を広げ迎えるだろう。そして二人はひしと抱き合い、
アツアツな抱擁に当てられた睫毛男は「やれやれ敵わないぜお二人さんには。オレも素敵な
恋愛、見つけなきゃな」と国へ帰って行くのだ。
アキラが今にも立ち上がって昔のように全速力でこちらへ駆けてきてくれる光景を、
緒方は祈るような気持ちで夢想した。
だが祈り空しく、アキラは緒方に視線を向けないまま顔だけ上げて、ふて腐れたように
言い放った。
「お帰りになりたいんでしたら、緒方さんお一人でどうぞ。・・・ボクは残ります」
「あ、あ、あ、アキラくん!」
卒倒しそうになって手をドアから離した拍子に、指を思い切りドアに挟んでしまった。
アキラがハッとして顔を向けたが、気が動転している緒方は自分が指を挟んだことすら
気づかなかった。
(10)
ずかずかと室内に戻ってどしんとソファにもう一度腰掛ける。
心配そうな顔をしていたアキラだが、緒方が怒った顔でぐっと視線を合わせると
唇を噛んでそっぽを向いてしまった。それがまた緒方の目には反抗的に映る。
「アキラくん、あんまり大人を困らせるもんじゃないぜ。初めに電話で助けを呼んだのは
キミじゃないか。それが何故今更、ここに残るなんて言い出すんだ。残ったらコイツに
何をされるかわからないんだぞ。それでもいいのか?」
「いいのかって。そんなのボクに聞くことですか?・・・どうして緒方さんは、いつもそう」
「え?」
「普段は子供扱いするくせに、肝心な時は突き放して・・・本当にボクが子供だと思うなら、
こんなの頭ごなしに叱りつけてくだされば済むことじゃないですか!馬鹿なことを言うなって
引っぱたいて、力づくでも連れ帰ればいい。そんなことも出来ないくせに、血だって繋がって
なんかないのに、まるで保護者みたいな態度でボクに接するのは止してください!
ボクはもうそんな、子供じゃない・・・っ!」
言いながら興奮がぶり返してきたのかアキラの目がまた見る見る潤み、赤みの差した頬の上に
綺麗な大粒の涙がつうっと一粒転がり落ちた。
その形のよい頭に、永夏が促すように手を当ててやると、アキラは堰を切ったように
永夏の胸に顔を埋めて泣き出した。
(ア、アキラくん・・・ついに、は、反抗期ってことか・・・っ?)
これほど激しい様子のアキラは、幼児期以来目にしたことがなかった。
アキラの怒りの理由はよくわからないが、どうも話を聞いていると緒方に保護者面されるのは
もう御免だと言いたいらしい。
幼い頃から自分を兄とも父とも慕ってくれたアキラからそんな風に言われる日が来ようとは。
いつもニコニコしながら自分のもとへ飛んできた愛らしいアキラの姿が十数年分の8ミリ
ビデオを流すように甦り、緒方は自分の目まで潤んでくるのを感じた。
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