○○アタリ道場○○ 9 - 10
(9)
「気のせいかな?」
「何がですか?」
「あっ、いやなんでもない。そうだ、アキラくんコレ」
兄貴はプリンを おかっぱに渡す。
「わあ、どうもありがとうございます」
おかっぱの顔がニッコリほころぶ。
「緒方さん、これから夕食を作るんですが、もしよろしかったら一緒に
どうですか?」
「そうだな。たまにはいいかもしれんな」
「じゃあ、決まりですね!」
親密な付き合いのある人物にしか見せない、屈託のない笑顔を おかっぱ
は兄貴に向ける。
おかっぱは兄貴を居間に通すと、再び台所に行く。しばらく居間に座る
兄貴だが、おかっぱにだけ料理をさせる訳にはいかないだろうと思い、
腰を上げ台所に足を運ぶ。しかし、目の前に異様な光景が映った。
そこには白の割烹着を着て頭に同じく白の三角巾をし、そそくさと家事に
いそしむ おかっぱの姿があった。
兄貴の背広は肩下に下がり、メガネはズルッと横にすべる。
「ア・・・、アキラくんっ、その格好はいったいどうしたんだっ??」
「どうしたって何がですが?」
何事もないように平然と振舞うおかっぱに対し兄貴は、急いでくずれた
背広を正し、ズレたメガネを手で直す。
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「なっ、なんでまた いかにも『お袋さん』ってな格好をワザワザして
いるんだっ―――!?」
「何事も形から入れというじゃないですか?」と、おかっぱはシラッと
言う。
「まあ、それはそうだが。
っていうか、キミはもろハマリすぎなんだっあぁっ――――――――――――――!!!!!」
「そんなことはどうでもいいですよ、そうだ緒方さん。
今日はサバの煮つけ、それか鰆西京焼きのどちらがいいですか?」
「あ、オレはサバの煮つけがイイ・・・・い、いやそうじゃなくてっ!」
兄貴は焦った。日本の囲碁界を背負う人間の1人であるおっかっぱの
美的感覚を なんとか普通にしようと必死だった。
「アキラくん! ちょっとオレの話を聞いてくれっ」
「だから聞いているじゃないですか。
サバの煮つけと鰆西京焼きのどちらがいいって」
「だぁあ〜あああ〜からぁぁああ〜、人の話を聞けえええぇぇえ―――!」
「ハイハイ、何ですか?」
「ゼイゼイッ・・・・・、キミはもう少し日本の、いや世界の碁界を背負う自覚
を持たなくては・・・」
兄貴が言いかけていたその時、コンロにかけていた鍋が沸騰して、煮汁が
噴出した。
「あっ、火を小さくしなきゃ!」
おかっぱは、自分の目の前に立っている兄貴を勢いあまって吹っ飛ばして
しまった。が、鍋を優先して床に倒れている兄貴の背中の上を踏んづけて
火を止めに行った。
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