裏階段 アキラ編 9 - 10


(9)
行為を重ねる毎に、肌を感じ互いの熱を放出しきった時に荒い呼吸の中で
見つめ合いながらこれで最後にしなければいけないと相手に訴える。
もう何度も、そういう約束をして来た気がする。

その時は「時間がとれる保証はない」と伝えた。「それでもかまいません」とアキラは答えた。
そしてオレは一つの予定をキャンセルし、アキラに時間と場所を連絡した。

「緒方さん、飲まないんですか?」
「おいおい、」
ポケットに手を突っ込んで車のキーの音を鳴らす。
だがアキラは黙ってこちらを見つめて来る。
「…話したい事はそのことか?どちらにしろ高校の事はオレより芦原に聞いた方が良いだろう。
少なくともオレよりはずっと君の世代に近い。」
親身に相談にのるつもりも敢えて冷たく突き放すつもりもなかった。
ただ淡々と、こういった時間を積み重ねて行けばいい。
しまい込まずに日に当てて色褪せていかせる。別れとはそんなものだと悟らせる。
「彼」の年代は難しい。押さえ込むと本能的に反発する。
無言のままだったアキラがジャケットの内ポケットの中で何かの音を立てて取り出し
テーブルの上にそれを置いた。
ホテルのルームキーだった。


(10)
ほとんど席を立ち上がりかけていたが、改めて座り直す。
「どういうつもりだ…?」
「別に」
窓ガラスに向かうようにあるテーブルに並んで座っていたが、窓の外の夜景を見つめる
アキラの横顔は張り詰めた糸のように冷たくそしていつもよりまして凛として美しかった。
「そうですね。相談の続きは芦原さんにでも聞いてもらいます。」
そう言うとアキラは携帯電話を取り出した。
「おい、今からあいつをここへ呼び出すつもりか?」
アキラは応えず、片手で携帯を操作して軽く首を振って髪を払うと耳に当てる。
呼び出し音が微かに漏れ聞こえる。ブツリ、と何らかの対応の音がした。
「あ、夜分にすいま…」
そうアキラが言うか言わないかの時に携帯を持った手首を掴み、耳から外させた。
そんなに大きな動作ではなかったが、一瞬カウンター近くのウェイターがちらりとこちらの様子を
伺うのが視界の端に入った。
彼はすぐに何事もなかったかのように業務用の無表情な顔つきに戻った。
テーブルの上にアキラの手の中のまま押し付けられた携帯電話から『〜発信音の後にメッセージを〜』
という機械的な女性の声が聞こえて来た。
こちらの体から力が抜け手を離すとアキラは何もメッセージを入れる事なく一度電源を切り、改めて
誰か別の人間の電話番号を拾って電話を掛けようとした。
今度はコール音がなる前にその手を掴んだ。
「…やめてくれないか。」



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