平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 9 - 10


(9)
内裏で、藤原佐為と一緒にいるその姿をみると、心が躍った。
そして、同時に近衛ヒカルと藤原佐為の関係にも薄々気付いてしまった。
ひどく落ち込んだ。
でも、男心とは単純なもので、渡り廊下などですれ違った時にヒカルが自分に
笑いかけてくれれば、やはり嬉しいし、その日一日は、やけに機嫌よく過ごせたり
するのだ。
藤原佐為の訃報を知った時には、申し訳ないことだが、かの碁打ちの人の死を嘆く
より先に、近衛ヒカルの心情の方に考えが及んでしまい、何日もの間、悔やみの
文を近衛の家に送るか送るまいか悩んだりもした。建前上、自分はあの二人の関係を
知らないことになっているのだからと、結局は送らなかったが。
そうこうするうちに、内裏で近衛ヒカルの姿を見なくなってしまった。
そうなってから、いかに自分が、内裏の中で無意識に彼の姿を追っていたかを
思い知らされた。
近衛ヒカルは、今頃どうしているのだろう?
伊角信輔は憂うつに目を覚ました。桧で作られた天井の梁が目に入る。
今日の御前会議は夕刻から。おそらく帰ってこられるのは夜半過ぎだろう。
ゆっくりと起き上がって、侍女を呼んだ。
軽く食事をとってから、着替えて出掛けよう。


墨染めの束帯に身を包み、もう一度、帝に奏上申し上げる議事提案を口の中で
暗唱してから、伊角は牛車に乗り込む。
牛飼童が飴色の角の牛をせかすと、車輪がきしむ音がして、牛車がゆっくりと
進み始めた。
前に後ろに数人の随身、雑色が付き従う。
参内の途中、伊角が牛車の中から外を覗き見たのは、まったくの偶然だった。
「近衛!」
久しぶりに見る顔が跳ねるように振り返って、自分を見た。


(10)
牛を止めさせて、車の中から身を乗り出す。
「どこへ行くんだ」
「検非違使庁だよ」
近衛ヒカルは、心なしか疲れているようでもあった。
「そうか。俺も参内の途中だよ。乗ってかないか?」
「え……いいよ」
「俺がお前を乗せたいんだよ」
随身に命じて、半ば強引にその検非違使を牛車に連れ込ませる。
「なんか、無理矢理だなぁ」
狭い牛車の中で、伊角はヒカルを目の前に座らせて、ニコニコと上機嫌だ。
「それにしても、妙な所で会ったな。お前の家、ひとつ通りの向こうだろ?」
「あかりの……藤崎の家に寄ってたからさ」
「あぁ、女房務めをしている幼なじみがいるって言ってたな」
「うん。なんか、実家に帰って来てるって聞いて会いに行ったんだけど、今日は
 先客がいるからって追い返された」
不服そうに言うヒカルの顔は、可愛く、それでいてどこか儚げで、伊角はそれに
見惚れながら、今日、ヒカルを門前払いしてくれた藤崎あかりに感謝した。それが
なければ、こうして自分が近衛ヒカルに出会う偶然はなかったのだ。
本当に久しぶりな気がする。
近衛ヒカルのいない内裏など、桜の咲かない春のようなものだ。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル