敗着-透硅砂- 9 - 10


(9)
サイドボードのガラス戸をアルコールを含ませた布でくるくると拭く。
ペタペタと指紋が付いて中の瓶の位置が変わってはいたが、瓶の中身が減っている様子はなかった。
(さすがに飲めなかったんだな…)
子供が飲んで気に入ると思えるような味の酒を並べているつもりはなかった。
(いつだったか…この中のものを机に並べたてたことがあったな……)

食卓の上に酒瓶がいくつも並んでいる。
「すごい、色々あるんですね」
そう言って興味深そうにアキラが一本一本を手にとってラベルを読んだりしている。
二人で食卓の周りに立っていた。
シェーカーを十数回振り終え、トップを外すと中身を静かにグラスに注ぎ入れる。
アキラが物珍しそうにシェーカーを見ている。
「ほら…できたぞ」
遠慮がちに、薄いオレンジ色の液体が入ったシャンパングラスをアキラの前に滑らせた。
「なんですか?これ」
「カクテルだ。…お前に」
「ふうん…きれいな色ですね…」
グラスを鼻に近づけ匂いをかいでいる。
「こういうのって…名前、あるんですか?何か…」
「ああ…。似合うと思って…」
「これがボクに?…何ですか?名前。…いただきます」
嬉しそうに一口飲んで訊いてきた。
「エンジェル・フェイス」
照れくさかったが、本当にそう思っていた。
口からグラスを離し、アキラは一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐにクスクスと笑い出した。
「おもしろいんですね、緒方さんて」
つられて一緒に笑った。照れ隠しだった。
「ごちそうさま」
飲み干すと、ふと食卓に目を向けた。
「それは?…」
自分の目の前に置いてあるグラスを指差した。
「ああ、これは俺が飲もうと思って…、スリーミラーズ…」
「それも頂いていいですか?」
「あ、オイちょっと待て――」
制する間もなく、アキラはグラスを取り口につけると、顎を上げグラスを傾けた。
まだ発達していない喉仏が僅かに上下している。白い喉元が黒のVネックのニットによく映えていた。
その様子に見惚れていたが、はっと我に返って慌てた。
「おい、それ…きつかっただろう?」
グラスの中は既に空だった。
「…ごちそうさま。これもいいですね」
そう言って口を拭うと、グラスを置いて微笑んだ。


(10)
ガラス戸を拭く手を止めて立ち上がると、一息ついた。
布をその辺に置くと煙草をくわえて火を点ける。紫煙が辺りに漂った。
(雨が上がったな…)
外が静かになっているのに気がついて、灰皿を持つとベランダに出た。
気温は少し低めだった。
雨が跳ねて濡れた手すりの乾いたところを探して肘をかける。部屋から漏れる明かりに背を向けて出来た自分の影に、煙草の火が赤く燃えている。

情事の後にシャワーを浴びて、バスローブを引っかけるとリビングに行った。
アキラが大きめのバスローブに身を包み、足を組んでゆったりとソファでくつろいでいる。
「…おい、また飲んでるのか?」
アキラの前に置かれたグラスに目がいった。
「ふふ…。ボク…色々と混ぜるよりも…、そのまま飲むほうが好きです」
髪に指を絡ませくるくるといじりながら、気だるそうに笑って答えた。ブランデーグラスの底の方に液体が注がれていて、その横にブランデーの瓶が置かれている。
その瓶を見てぎょっとした。
(ハーディ、ノスドール…。……値段を知っててやってるのか?このボクちゃんは…)
こっそりと小さくため息をついた。取って置きの一本だった。
「それならニコラシカでもつくってやったのに…」
確かレモンなら冷蔵庫に入っていた。
アキラの正面に、サイドテーブルを挟んでソファに腰掛けた。
シャワーを浴びて体が火照っているのか、アキラのバスローブの合わせ目から覗く白い胸元には、うっすらと汗が滲んでいる。
持っていたタバコの箱を振って中身を一本出すと口にくわえる。
アキラがそれをじっと見つめていた。
「――喫るか?おまえも」
ライターを取り出そうとした手を止めて訊いた。
「……お気づきでしたか?」
さして驚く風もなく、膝に肘をかけて小首をかしげるとニッコリと微笑んだ。
「匂いでな…」
「ふっ」と鼻で笑うと目を伏せて小さく頭を振る。
「敵わないなあ…緒方さんには」
顔にかかった髪をかきあげて目を細めるとそう言った。
「そら」
箱から一本出すと、アキラの前に差し出した。
「では、失礼します」
頭を下げ、それを抜き取ると慣れた手つきで口にくわえる。
その様子を見届けライターを取り出した。
両の手の平でくわえた煙草を包み込むように火を点ける。火が点いたことを確認し手を下ろした途端、目の前に迫るアキラの顔に気がついた。
両手をテーブルにつき、上半身を伸ばして、口にくわえている煙草を今火を点けたばかりの煙草の先に触れさせようとしている。
長い睫毛が伏せられて、形の良い鼻梁のその先に、煙草をくわえた唇が小さくすぼめられている。
ほっそりとした顎から首筋にかけてさらさらとした髪がかかり、そこからバスローブの襟元に目を移した。首筋から胸にかけて、細かな汗の粒が白い肌に光っている。
煙草の先と先とが触れ合い、やがて中の草が赤く光りだした。
目を細めそれを確認すると、アキラは元の体勢に戻ってソファに腰を下ろした。煙草の先が赤く光り、口から離すとアキラの周りを煙が囲う。
紫煙越しにその目を見つめた。
「……いつ覚えた…」
それには答えず、僅かに口の端を上げただけだった。目は笑っていなかった。



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