暗闇 9 - 10


(9)
次の日。
棋院での手合いを終え、夕暮れ、
ヒカルは靴箱の前で深呼吸して、靴箱を覗きこんだ。
何も無い。ホッとするヒカルに、
伊角と和谷がすれ違いざま
「何やってんだよ進藤!ラブレター待ってんの?」
ハハハ、と笑って声をかけてきた。
「何でもない、またな!」
「おーっ」
手を振る和谷と微笑む伊角にヒカルは御辞儀して、
『ありがとう・・伊角さん、和谷。オレ、もう多分、大丈夫だ』と心の中で呟いた。

「進藤君」
ビクッと肩を震わせ、恐る恐る振りかえる。
「白川・・センセイ」
白川は笑って進藤を見つめる。
「昨日電話したんだけど、泊まりに行ってたんだって?和谷君の家に。伊角さんと一緒に?」
「・・・」
「3人でしたのかい?セックス、覚えたからって、悪い子だ。進藤君」
ヒカルはカッとなり拳を振り上げた。
白川は穏やかな顔とは裏腹に強い力でその腕を制し、ヒカルに無理矢理顔をぶつけ、接吻をした。
歯がぶつかり、ヒカルの唇が切れた。血の味がして、ヒカルが暴れても、
それすら楽しむようにヒカルとの口付けを白川はやめなかった。

その時。塔矢アキラの驚いた顔が白川の肩越しにヒカルの目に映った。
「―――!塔矢!!」
アキラは何か言おうとして口を動かし、
言葉は音とならずにヒカルの前から去った。
ヒカルは白川を突き飛ばし、吐き出すように、言った。
「・・・センセイ、白川先生!」
「・・なんだい、進藤君」
「先生」
「・・・」
「―――先生は暗闇なんかじゃないよね。いっつも、オレに会う時はいつも明るく笑ってた」
「それは、君が好きだったからだよ」
「オレは―――」
「進藤君も、気持ち良かったでしょ?君は飲みこみが早い。碁だけじゃなくて・・」
ヒカルは首を激しく振った。
「・・先生、先生!もういいよ、オレ、オレ・・塔矢が」
「・・・塔矢君、が?」笑う白川をグッと睨み付け、ヒカルは叫んだ。
「わかんないけど、オレ、目を閉じたら一番初めに塔矢がそこにいて、
最後にいるのも塔矢なんだ。あいつの背中だけで、オレ、いいんだ。先生じゃ、ないんだ!」
「・・・」
「そんなオレ、やだろ?塔矢の名前しか呼べない。
暗闇の中で、オレが呼びたいのは塔矢の名前だけだ。塔矢はオレの」
「・・・」
「光なんだ」
さよなら先生、ヒカルはそう言って靴を履き、白川の前から走り去った。
「オレは―――先生が嫌いですって一言言ってくれたら、諦められるのに。進藤君は―」
白川はポケットの中のメモを破り、外に出て花びらと共に撒いた。
「本当に可愛い。だからやっぱり、諦められる訳、ないな」


(10)
ヒカルは塔矢アキラの背中を追った。どんなに遠くても、自分ならわかる。
塔矢の背中。決して自分に振りかえらない背中。
真っ直ぐに前を向いて歩く塔矢―――――いた。
塔矢、塔矢!
「!!?」
塔矢は目の前からくる自動車に気付かないのか?
「塔矢、塔矢!!」
ヒカルは引きずる足を庇わず走り、
塔矢の身体に後ろから抱きつく。車がギリギリの所で走り去る。歩道に倒れ込む二人。
「・・塔矢のバカ!死んじまうじゃん!前みて歩いてて、なんで前から来る車見えないんだよ!」
「…ボクは」
「なんだよ!」
「棋院の玄関にいた、ボクの後ろにいるキミに気を取られて歩いていた」
「え」
「キミに、お疲れ様って、今日は言えなかったと・・」
ヒカルはビクッとし、塔矢の身体から離れた。
「・つ!」
ヒカルの身体に激痛が走る。
「・・!進藤、どうした!?」
「な、なんでもねぇよ!」
「今ボクを庇って!」
「何でもねぇってば!」
ヒカルはうつむき、
「お前の為だったらこんな痛み、・・なんでもねぇのに」と小さくつぶやいた。
アキラはヒカルをおぶり、近くの桜の散る公園の奥の芝生に横たわらせる。
ポケットの白いハンカチを近くの水道で濡らし、
道路に転んだ時すりむけたヒカルの顔の擦り傷にあてる。ヒカルは痛さに顔をしかめ、アキラの顔を見た。
そして何故か小さく笑った。
「何だ?」
アキラがムッとする。
「お前の顔傷つかなくて良かった」
「・・・」



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