失着点・境界編 9 - 10


(9)
ヒカルが慌ててかがもうとする前に給仕が業務的に素早く拾いあげ立ち去る。
「何やってんだよ進…、あれ!?、塔矢アキラじゃねーか!」
和谷もステージの方を見て驚いたようだった。
「珍しいな、塔矢門下って独特っていうか、こういう派手な場所にはあまり
出て来ないって聞いてたけど…。」
進行役が華々しいアキラの戦績を紹介する。確かにアキラはあまり居心地の
良さそうな顔はしていない。どちらかといえば、魂が半分抜けているような、
そんなふうに見えた。でもそれはヒカルの希望的な感想かもしれない。
ただ、こうして何かある毎に自分とアキラの距離を感じさせられる。
囲碁の力ならいつか必ず追い付く。追い抜いてみせる。
でもそうじゃない何かが、まだ自分とアキラを隔てている。
同じ空間にいながら、そう感じてしまう。
ようやくステージ上から解放されたアキラが会場の方に視線を向けた。
ヒカルは何気なく人垣の影に入って隠れ、アキラの様子を見ていた。
…自分に気が付くはずはない。こんなところにオレが来ているなんて、
思ってもいないはずだ。
アキラは2人の男性に呼び止められしきりに何か話し掛けられていた。
一人は協会の人っぽかったがもう一人は酒のグラスを片手に馴れ馴れしく
アキラの肩に手を置いたり背中をポンポンと何度も叩いたりしている。
「あのスケベそうな中年、出版関係の奴だよ。塔矢アキラに本でも書かせる
つもりかもな。…ま、オレ達には関係ないか。」
そう言って和谷は別のテーブルへ移動していった。
グラスを持った男の片手が、何かを払うようにアキラの腰に触れた。
それを見たヒカルは背中に火が走るようにカッと熱くなるのを感じた。


(10)
地方のイベントの指導碁の時など、そういう事態がないわけではない。
酔っぱらった参加者の中年男にヒカルもおしりを撫でられた事がある。
すぐに蹴り飛ばして逃げたが。
だが今ヒカルの苛立ちはアキラに向かっていた。
そういう連中に付け込むスキを与えるような奴じゃなかったはずだ。
『塔矢!!』
心の中で叫んでも何か行動を起せる訳ではない自分がいた。
急にこの会場にいる事が不愉快になってヒカルはドアを開け廊下に出た。と、
ほぼ同時にアキラがこちらの方に振り返り、少し見回して首を傾げた。
「…?今…確か…、」
ヒカルはトイレの手洗い場で気持ちを落ち着かせるために顔を洗った。
ふ−っとため息をつき、和谷には悪いけど、このまま帰ろうと思った。
そしてトイレから出た時、驚いて息を飲んだ。
すぐ脇の廊下の壁に腕組みをしてもたれかかって立っているアキラがいた。
感情が読めない、無表情な目でこちらをじっと見つめている。
ヒカルはすぐに言葉が出なくて突っ立っていると、アキラは無言のまま
くるりと背を向けると廊下をスタスタと歩き出していった。
「あ…、ま、待てよ、塔矢!」
だがアキラはちらりとこちらを見ただけで無言で遠去かって行く。
ヒカルはアキラの行動の意図がわからず一瞬迷ったが、すぐにアキラの後を
追い掛けた。アキラはホテルの長い廊下の突き当たりの角を右へ曲がり、
ヒカルもアキラに続いて曲がった。
そこでふいに腕を掴まれ、ヒカルの唇にアキラの唇が覆い被さってきた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル