パッチワーク 9 - 10
(9)
次男の出産に伴い3年間の育児休暇を取ったが年明けには復帰の予定である。3年間のブランク
は大きい。いろいろな手段で補っては来たがもどかしさが残る。大学卒業後は保育士として働
いていたが働いているうちにどうしてももう一度勉強し直したくなり大学院に入り今は教育関
連の企業の研究所で「子どもの知識の獲得について」と「親子の依存・共依存-子どもの親離
れ、親の子離れ-」を研究している。机の上の端末が電話の着信を知らせている。ヒカルへの十
段位挑戦のため箱根のホテルにいるはずのアキラからだ。ヒカルに何かあったのか、動揺して
いるのが一目でわかる。ヒカルの姿が見えないから自分の部屋からだろう。
「前夜祭でヒカルの様子がおかしいので問いただしたら右下腹が痛いと言っている。
母が盲腸炎になったときと同じ症状で母は腹膜炎で一時危篤になった。
この時間、病院はもう開いていないから救急車を呼ぶと言ったら、
ヒカルは救急車も病院もいやだ。人に知られたくない。明日対局すると言ってきかない。
いま、忘れ物したと言って自分の部屋に戻ってきた。
母のように手遅れになったらどうしよう。」
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「ケアマンションの山本先生。山本先生にホテルに行っていただけないか訊いてみましょう。前
に暁子をホテルで見ていただいたことがあるわ。連絡は私がするからヒカルのそばについていてあ
げて。」
山本先生は塔矢先生と同じケアマンションに住んでいらっしゃる引退したお医者様で一緒に住んで
いらっしゃる方が体調を崩されてケアマンションに移ってこられた方だ。
先生はまだ起きておられた。「人に知られたくないなら直接部屋にゆくよ。見てみないとわからな
いけど盲腸は初期なら薬で抑えられるから薬を持って行くよ。ひどいようなら明日対局終わったら
すぐ手術できるように手配しておこう。」
あとは本人の説得だけどこれはアキラに任せようと電話をヒカルの部屋につないでもらった。案
の定、ヒカルは薬も明日の対局に影響が出ると嫌がっている。「ヒカル、アキラさんを見なさい。
もう、影響は出ているの。あなたがそのままだとアキラさんの方が参ってしまうでしょ」ヒカル
はアキラの様子を見て薬を飲むことを承知した。まったくこの二人は囲碁のことになると自分の
生死も気にしない。私や子どもたちはブレーキにはならないけれどお互い同士ならブレーキになる。
今のところはそれを頼るしかない。
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