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(9)
「ボクは……、いや……、ただ、ファミリーレストランでキミが隣に座っていた子と話すのを見ていて、そんなことないのかな、って思ったから……」
言い出したらそれは自分の耳にも言い訳めいて聞こえ、アキラは矢継ぎ早に話す。
「いや、普通は抵抗あるだろう。誰だって」
一瞬、ヒカルの瞳が揺れた、気がした。
だが確かめる間もなくヒカルは俯く。
「……嫌そうだった?」
「さぁ、そこまでは……」
と答えながら違う、と思う。
彼女は困ってこそいたが、嫌がってはいなかっただろう。
「兎に角、異性相手の時はもう少し気を使った方が良いと思う。 藤崎さんも怒っていたよ、多分」
「なんであかりの名前が出てくんだよ、そこで」
幾分ムッとした口調で問い返してくるその顔は、いつものヒカルだ。
さっき見た表情は錯覚だったのだろうかとアキラは思った。
それで少し気持ちが軽くなったのか、アキラの口からボクだって、と声が滑り出した。
「ボクだって、少し抵抗ある」
「…………」
「そっか」
長い沈黙の後に、ヒカルは無理して作っているような笑みを浮かべて言った。
彼はそのまま膝を抱え込んで丸くなり、暫く畳を見つめていた。
その様子があまりに頼り無くて、アキラが声を掛けようとしたその時、目を伏せていたヒカルが、軽く息を吐いてぽつりと呟いた。
「オレ、帰る」
「帰るって……。もう終電は無いよ」
立ち上がり、荷物を拾い上げるヒカルを、アキラは慌てて引き止めたが、返される言葉はにベもない。
「そこら辺でタクシー拾うから、いい」
拒絶するような、どこか人を突き放す響きのある声だった。


(10)
誰もいない和室の一角で、アキラはヒカルが帰った時のままの状態で呆然と座り込んでいた。
そういえば、玄関に見送りに出る事さえしなかった。
鍵を掛けなければと思うが、身体がその思考に従おうとする気配はない。
それでもなんとか彼は立ち上がって、緩慢な動作で部屋を出る。
突然ヒカルが機嫌を損ねた(というのはやや違う気がしたが、他にどう表現すべきか
その時のアキラには分からなかった)理由がなんだったのか検討すべく、
事の顛末を頭から思い出してみる。
自分が顔を近付けた時に、嫌なそぶりはなかった。
むしろまじまじと見つめられて困ったのはこちらだ。
誰だって、あんな距離で相手の顔を直視するのは正直辛い筈だ、
アキラは自分の胸にそう言い訳して、
いや、言い訳じゃない、ボクが思っている事は正論(の筈)だ、と更に自分の中で訂正する。
確かにそれは正論なのだが、どうにもこうにも言い訳めいて聞こえるのは、
アキラの思考自体に雑念が入り交じっているからだと云う事に、彼は気付いていない。
らしくもなく裸足のまま三和土に降り、施錠してからやはり汚いなと思って
玄関の段差に腰を掛けて靴下を脱ぐ。
洗濯機にそれを放り込んでから、アキラはまたもとの和室に戻ってきてしまった。
やる事もなく、黒檀の座卓の傍らに座り込む。
そこで初めて座卓の傍に何か落ちている事に気付いた。
ヒカルの扇子だった。



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