パッチワーク 9 - 11
(9)
次男の出産に伴い3年間の育児休暇を取ったが年明けには復帰の予定である。3年間のブランク
は大きい。いろいろな手段で補っては来たがもどかしさが残る。大学卒業後は保育士として働
いていたが働いているうちにどうしてももう一度勉強し直したくなり大学院に入り今は教育関
連の企業の研究所で「子どもの知識の獲得について」と「親子の依存・共依存-子どもの親離
れ、親の子離れ-」を研究している。机の上の端末が電話の着信を知らせている。ヒカルへの十
段位挑戦のため箱根のホテルにいるはずのアキラからだ。ヒカルに何かあったのか、動揺して
いるのが一目でわかる。ヒカルの姿が見えないから自分の部屋からだろう。
「前夜祭でヒカルの様子がおかしいので問いただしたら右下腹が痛いと言っている。
母が盲腸炎になったときと同じ症状で母は腹膜炎で一時危篤になった。
この時間、病院はもう開いていないから救急車を呼ぶと言ったら、
ヒカルは救急車も病院もいやだ。人に知られたくない。明日対局すると言ってきかない。
いま、忘れ物したと言って自分の部屋に戻ってきた。
母のように手遅れになったらどうしよう。」
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「ケアマンションの山本先生。山本先生にホテルに行っていただけないか訊いてみましょう。前
に暁子をホテルで見ていただいたことがあるわ。連絡は私がするからヒカルのそばについていてあ
げて。」
山本先生は塔矢先生と同じケアマンションに住んでいらっしゃる引退したお医者様で一緒に住んで
いらっしゃる方が体調を崩されてケアマンションに移ってこられた方だ。
先生はまだ起きておられた。「人に知られたくないなら直接部屋にゆくよ。見てみないとわからな
いけど盲腸は初期なら薬で抑えられるから薬を持って行くよ。ひどいようなら明日対局終わったら
すぐ手術できるように手配しておこう。」
あとは本人の説得だけどこれはアキラに任せようと電話をヒカルの部屋につないでもらった。案
の定、ヒカルは薬も明日の対局に影響が出ると嫌がっている。「ヒカル、アキラさんを見なさい。
もう、影響は出ているの。あなたがそのままだとアキラさんの方が参ってしまうでしょ」ヒカル
はアキラの様子を見て薬を飲むことを承知した。まったくこの二人は囲碁のことになると自分の
生死も気にしない。私や子どもたちはブレーキにはならないけれどお互い同士ならブレーキになる。
今のところはそれを頼るしかない。
(11)
水曜日
対局の当日、専門チャンネルで生中継を見ていると終局後、ヒカルが倒れるところが一瞬映った。
すぐ画面が検討室に変わってしまった。
目の前でヒカルが倒れるところを見たアキラのことも心配だった。
アキラから電話が入り塔矢先生のところへゆくと聞いて安心した。こちらに戻ってきても私もヒカ
ルのところへ行ってしまうので一人になってしまう。区役所に勤めている金子さんがやはり育休中
で今は家にいるので事情を話して三谷君が道玄坂のお店に行ったあとうちへ来て子どもの面倒を見
てくれることになっている。どちらの家も父親は碁を打つのに一番上の子は二人とも加賀さんが教
えた将棋の方が性にあっていると奨励会に入ってしまった。今日は定例の研究会だから帰りは遅い
だろう。金子さんが来てくれた。双子の娘のうち暁子が少し体調を崩しているので家で休んで、ス
イミングは彩子だけゆくよう二人に伝えるように頼む。棋院からも連絡が入った。金子さんに雪彦
を預け車で箱根の病院に向かった。
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