スノウ・ライト 9 - 11
(9)
第二部前編が終了しました。ここでトイレ休憩をはさみます。
劇場内のトイレは混雑が予想されますので、五階の仮設トイレをお使いください。
ティッシュの使いすぎは紙詰まりの元になるのでお控えください。
ベルが鳴りましたらご着席ください。
(10)
じり(略)
ただいまより第二部中編を上演いたします。
由緒あるトウヤ国はどの国からも一目おかれています。
特に次期国王になるでしょう王子は、みなの憧れの的でした。
そんな王子の部屋から、ものすごい破壊音が聞こえてきました。
「ア、アキラ王子……」
壁の粉がぱらぱらと床に降ってきます。王子の手はぶるぶるとふるえていました。
「まだヒカル姫の行方がわからないだと!? ふざけるなっ」
アキラ王子、実は隣国のヒカル姫に片想い中です。
「ボクがヒカル姫に懸想してからもうずいぶん経った。もう見ているだけでは嫌なんだ」
ストーカーの気のある王子は、ことあるごとにヒカル姫を追いかけまわしていました。
ネットで調べたり、手下のユンやアマノを密偵につかったり、国の中枢機関であるキイン
を通じて、ヒカル姫に接触のあった者に近付いたりと、その執着ぶりはすさまじいものが
あります。王子はヒカル姫のこととなると周りが見えなくなるのです。
「あれは、まだボクが12歳のときだった……」
アキラ王子、回想モードに入りました。
「ボクは姫と一局うった。勝つ自信があった。ボクは神の一突きを極めようという志に
生きていたのだから……なのにボクの攻めは簡単にかわされ、あろうことかリードされ、
そしてはるかな高みから見下ろすようなテクを前に、ボクはあっけなく敗れたんだ……」
憂いに満ちたその美しい表情に、その場にいた名も無き下僕たちは溜め息をつきました。
「ボクが油断したからだと思った……だからもう一度挑戦したんだ。なのにボクは、姫の
テクに一度目よりも早く音をあげてしまった」
王子は一枚の棋譜を手に取りました。ヒカル姫との対局のものです。
「何度これでボクは抜いたことか。ボクはまたヒカル姫としたいと思った。なのに、姫は
ボクよりもツツイとか言う眼鏡男を選んだんだ。こんなひどい侮辱を受けたのは初めて
だった! それでもボクはあきらめずに追いかけた。だが、次にしたときのヒカル姫は
別人のようになってしまっていた……」
それでもヒカル姫とのエクスタシーが忘れられず、気付いたら王子は四六時中ヒカル姫の
ことばかりを考えるようになったのでした。
(11)
コン、と軽くドアを叩かれました。
「王子、何を取り乱しているんだい? またヒカル姫か?」
なれなれしく話しかけてくるのは王子の御付き、オガタでありました。
アキラ王子はオガタには心を許していましたので、その口調をとがめることはしません。
どころか丁寧な言葉遣いで答えます。
「ヒカル姫の行方が未だにつかめないのです」
「焦ることはない。じきに答えは出るさ。王国の情報員たちは優秀だ」
けれどアキラ王子の表情は沈んだままです。
その顔を見ながらオガタはヒカル姫のことを思いました。
アキラ王子をも怖じ気づかせるヒカル姫。オガタはとても興味を持っていました。
そして一度だけ迫ったことがあったのです。
『俺にもヤらせろ!』
そのときは逃げられてしまいましたが、オガタが酔っていたある夜、ヒカル姫から誘いを
かけてきました。それは忘れられない夜となりました。
ヒカル姫のテクは見事でした。
オガタは攻め立てるつもりが逆に攻め立てられていました。
酔っていなかったら、決してあんなヘタな突っ込みかたはしなかったのに、と悔やまれて
なりません。リベンジをしたいのですが、王子の目を盗むのは至難の技です。
もしあの時のことがばれたら、王子は血相を変えて、いったいどんな内容だったのかと
聞いてくるに違いありません。そして嫉妬の炎をたぎらせることになるに決まっています。
オガタはヒカル姫との一夜は、自分の胸の中だけに収めておこうと思いました。
まだ物思いにふけっているアキラ王子の肩に手をおきました。
「大丈夫だ、アキラ王子。姫は必ず貴方のものになる。何を疑う必要があるんだ。
王子ほどヒカル姫を想っている人が他にいるかい?」
「いません。でも姫はつかまえたと思っても、すぐに手の中をすり抜けていくのです。
生涯の相手はヒカル姫だとボクは思っていますが、姫はどうなんでしょう?」
いつもの王子らしくなく、その声には覇気がありません。
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