甘い経験 9 - 12


(9)
「進藤、」
「うわあっ!」
一人、悶々としている所に突然後ろから声をかけられて、ヒカルは思わず叫び声を
上げてしまった。
そんなヒカルの様子を見て、アキラがにやっと笑ったような気がした。
だがすぐにいつものような穏やかな笑みを浮かべて、言った。
「お先に、どうもありがとう。いいお湯だった。」
「あ、う、うん。」
どぎまぎしながら、ヒカルは何とか応えた。
「キミも、入って来る?」
「う、うん、そうだな。あ、そうだ、何なら、オレの部屋で待ってて。」
着換えを取りに上に上がるついでに、アキラをそう促した。
アキラは荷物をもって、ヒカルの後からついてきた。

「なんだか、懐かしいような気がするな。まだ3度目なのにね。」
部屋を見まわしてから、アキラはヒカルに向かってにこっと笑った。
その笑顔に、ヒカルは心臓が止まりそうになった。
もうすでにずっと、心臓は爆発しそうだったのに。
実は、さっきから、湯上がりのアキラにヒカルはクラクラしていた。
濡れた髪。上気した頬。白く細い首筋。
男のくせにあんなに色っぽいなんて、なんなんだよ、アイツは!
こんなんで、ホントウに大丈夫なんだろうか、オレ。


(10)
「塔矢、」
声をかけながら、ヒカルは部屋に入った。
ベッドの端に腰掛けて本を読んでいたアキラが顔を上げて、ヒカルを見て笑った。
「何、読んでたんだ?」
問い掛けたヒカルにアキラは読んでいた本を手渡した。
「塔矢名人選 詰碁集」。それはヒカルが初めて買った囲碁の本で、何度も読み返した
ためにかなり痛んでいた。
本棚の中からアキラがそれを選んだのは、自分の父親の本だからだろうか。
「ボクもこれ持ってるんだ。随分とこれで勉強したよ。」
本をパラパラとめくりながら、アキラが言った。
「これ、すごくよく読み込んでるよね。
キミがこれをこんなに読んでてくれるなんて、なんだか嬉しいよ。」
「…やっぱ、おまえの親父ってすげえよな。」
「うん、お父さんはやっぱりボクの一番の憧れで目標だったからね。」
アキラは顔を上げて遠くを見るような目で、言った。
「いつも目の前に聳え立っていて、間違えようのない目標だった。
ボクはそこに向かって真っ直ぐ歩いていけばいいと、思ってた。」
そこまで言うと、言葉を切って、今度はヒカルを見詰めて、言った。
「キミに、出会うまでは。」
それからすっと視線を外して、目を伏せて、
「でも、あの頃は、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかったな。」
と、小さく呟いた。
こんな気持ちって、どんな気持ちだよ?言ってくれよ、とアキラの長い睫毛を見下ろして、
ヒカルは思った。そして、アキラの隣に、ヒカルはそっと腰を下ろして、呼びかけた。


(11)
「あの、さ、塔矢。」
「なに?進藤。」
ああ、今までにも何度繰り返したかわからない応答。
だが、今日こそは。
そう思って、思い切ってアキラの顔を見詰めた。まるで睨めっこでもしているみたいに。
するとアキラがふっと笑った。そしてアキラの手がヒカルの顔に伸びて自分の方に引き寄せ、
何が起きているかわからずにいるヒカルの唇に、軽く触れた。
―えっ?
咄嗟の事に目を丸くしているヒカルを、キラキラと輝く目で覗き込んだ後、もう一度唇を塞ぎ、
アキラはそのままヒカルをベッドに押し倒した。
抵抗という単語さえ忘れてしまったヒカルの唇はアキラの侵入を易々と許してしまう。
そしてアキラの熱い舌先がヒカルの舌先に触れるた瞬間、体中が甘く痺れるように感じて、
もう何も考えられなくなった。
もはやなすがままになったヒカルに、アキラの舌が絡み付き、吸い上げる。
体中の力が抜けて、ただアキラを受け止めるのが精一杯だった。
頭の片隅で、ちょっと待ってくれ、こんなはずじゃ無かったのに、と思う。
だがそれはすぐにアキラから与えられる初めての感覚にかき消されていく。
「ん…ふ…っ…あぁ……」
ヒカルの口から喘ぎ声が漏れ始める。
それに構わず、いや、むしろそれを楽しみながら、アキラはヒカルの口腔内を丹念に味わった。


(12)
ようやくアキラがヒカルから顔をはなした。
荒い息をつきながら、ヒカルは目を開いてアキラを見た。
至近距離でアキラの黒い瞳がヒカルを見詰めていた。その瞳が情欲に潤んで光っている。
突然豹変したようなアキラにヒカルは戸惑いを隠せなかった。
―オレ、もしかしてコイツの事、甘く見てた…?
ヒカルの目に軽い怯えが走ったのに気付いているのかいないのか、アキラは目を細めて
優しく微笑んだ。だがそうやって笑みを浮かべながらも、その目は獲物を捕らえた肉食獸の
ようで、ヒカルは冷や汗が流れるそうになるのを感じた。
その目には魔力があって、真っ直ぐな視線に射すくめられるとヒカルはもう動くことが
できなくなってしまう。そこへ、アキラがまた唇を寄せてきた。

唇を塞がれたまま、Tシャツの裾からアキラの手が腹から胸元へ侵入してくるのをヒカル
は感じた。
待てよ、と言いたいのに、それは声にならず、ただ甘い息となってアキラを喜ばせるだけだ。
身体をまさぐるアキラの手が、くすぐったいような、恥ずかしいような、けれど何か気持ち
良いような、訳の分からない感覚に、ヒカルは目をギュッと瞑ったまま、アキラの愛撫を
受けていた。と、アキラの指がヒカルの乳首を探り当てて、そこをキュッとつまんだ。
「あんっ!」
ヒカルは思わず漏らしてしまった自分の声に、耳を塞ぎたくなった。
何の用も無いものとおもっていたそこが、そんなにカンジてしまうなんて、自分がこんな
声を出してしまうなんて、恥ずかしくて、目を開けてなんかいられない。
気付いた時にはヒカルは着ていたものを全て脱がされていて、そして同じようにアキラも
全裸となっていた。



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