初めての体験 Asid 9 - 12
(9)
ボクは、進藤と自分の明るい未来のために、頑張ろうと思った。テクを磨こうと決心
したのは良かったが、生憎、その相手が見つからない。和谷はあれ以来、ボクの顔を
見ると、真っ青になって大慌てで逃げてしまう。
いろいろ物色をしているが、なかなか思うような相手は見つからない。ボクの計画は、
最初から躓いている。もう、溜息すらでない。
『この際、越智でもいい』とさえ思った。越智の指導碁の仕事は、結構楽しかった。
ことあるごとに「進藤に負ける」とプレッシャーをかけて遊んでやった。だいたい、ボクの
進藤に勝とうだなんて、五十六億七千万年早いのだ!だが、そのプレッシャーが却って、
越智の闘志に火をつけてしまったらしい…。あの時はごめんよ、進藤。越智の戦意を
喪失させようと思ったのに、逆にキミの足を引っ張ってしまって―――でも、越智との
対局で、キミが困ったり、悩んだりしているところを想像すると堪らなくなったんだ。
ワザとじゃなかったんだけど……いや、ちょっとは…かなりかな……ホント、ごめんよ。
その姿を、物陰からこっそりと見守りたいと思った。仕事さえなければ…。サボりたかったが、
プロ試験は研修センターで行われるため、そこに来ている関係者に見つかる可能性が
高いので、泣く泣く諦めたのだ。
仕事が終わって、プロ試験の時の進藤の様子を訊こうと、越智の家を訪ねたら……奴は、
あろう事か、ボクを門前払いにした!!ああ、きっと、可愛かっただろうな……困って
いる進藤は……。
あの可愛い唇を噛み締めたり、眉間にしわを寄せたりしていたのだろうか…?見たかった
……それが叶わないのなら、せめて話だけでも……。くっ!あいつは、今日の進藤を
独り占めするつもりなんだ。今頃、進藤が困っている姿を思い出して、鼻息も荒く自分を
慰めているに違いない―――と思った。あ―――あの日のことは、今、思い出しても
ムカムカする。
その時のお礼も含めて、越智を捜したが、今日は手合いの日ではないようだ。残念だ。
(10)
とりあえず、自分の家で、枕を相手に練習をする事にした。本を片手に、結び目の
強弱を確かめながら、枕を縛り上げていく。
いろんな縛り方があるんだな…………ふう…むなしい――――――
やっぱり、枕相手では盛り上がらない。
せめて、オランダ人妻を手に入れるべきだろうか?だが、あの顔を見ると笑ってしまいそうだ。
リアル何とかには、興味がない。ただ、練習をしたいだけだからな…。まあ、進藤に
そっくりな人形なら、いくらつぎ込んでも惜しくないけどね。一瞬、オーダーメイドを
頼もうかとも思ったが、やっぱり、本物には勝てない気がする。それに隠し場所に困りそうだ。
ボクは、黙々と枕を縛り続けた。端から見ると、これってどういう光景なんだろ?
ボクは自分がまともではないのを自覚し、そのことを受け入れてはいるが、客観的に見て、
枕を縛り上げる自分の姿は変だ。ものすごくヘン!――――だと思う。それを考えると
情けなくなるので、ボクは手元にだけ意識を集中させた。
そんな状態だったので、玄関のチャイムが鳴っていることに、暫く気がつかなかった。
「おーい…アキラ――――いないのかぁ?」
あの暢気そうな声は……芦原さん!?チャンスだ。ボクは、手早く枕と本をベッドの中に
押し込むと、玄関へと向かった。
(11)
「なんだ〜いるんじゃないか〜。」
「すみません。ちょっと、うとうとしてて…」
のんびりと文句を言う芦原さんに、ボクは適当ないいわけをした。そして、部屋の中に、
芦原さんを招き入れながら、ボクは、彼の全身をさりげなく眺めた。進藤の身代わりに
するには、少々、薹が立っているが、まあ、何とかいけるんじゃないだろうか?
現実は想像力でカバーするとして、問題は、どうやって縛り上げるかだ……。アレは、
相手、もしくは第三者の協力があってこそ、できる技ではないだろうか?芦原さんは、
ボクよりも身長も高いし、力も強そうだ。…やはり、身体の自由を奪うしかないだろう……。
昔は、目薬を飲み物に混ぜるとイイとか言っていたが、最近では成分が変わっているらしいし…。
ネットで手に入れた妖しげな薬を使うか…まだ、自分で試していないモノを芦原さんに
使うのは気が引けるが…今日、ここに来てしまった自分の不運を嘆いてください。
ボクはとりあえず薬類は、自分で試してから使おうと思っていた。でないと、どんな効果が
あるのかよくわからないからだ。既に、幾つか試してみた。いい気持ちになるモノもあれば、
最悪なモノもあった。今日使うモノは、どんな風になるのだろう…ちょっと楽しみだ。
「何だよ、アキラ?ニヤニヤして…」
「ううん、別に…」
これから起こるであろうことへの期待で、ボクの胸は高鳴った。
(12)
ボクは、濃いめのコーヒーを入れ、その中に砕いた錠剤を落とした。ワクワクする。
ごめんね。芦原さん。
にっこり笑って、カップを差し出した。
「うっ!苦いな…」
芦原さんは顔を蹙めた。
「ごめん。水の加減間違えたみたいで…」
如何にも申し訳なさそうに言う。ホントは、口先だけなんだけどね。
芦原さんは、「いいよ、いいよ」と笑顔で答える。うぅ…胸が痛い。こんなボクにも、
一応、良心らしきモノはあるらしい。でも、やめようと思わないところが、ボクのボク
たる所以だなあ…。
芦原さんはボクに気を使ってか、苦いコーヒーを残さずに全部飲み干した。よしっ!
ガッツポーズは心の中で!後は、薬が効いてくるのを待つのみだ。
ボクは芦原さんに対局を持ちかけて、その間、効果が現れるのを待つことにした。
碁を打っている途中で、芦原さんの身体が大きく揺れた。
「あれ…?」
「大丈夫ですか?芦原さん…」
畳の上に手をついて、身体を支える芦原さんに白々しく声をかけた。芦原さんの息は荒く、
苦しそうに胸を押さえている。これは…マズイ…かな…?背中をさすりながら、芦原さんの
様子を観察した。
俯いている芦原さんの顔を覗き込むと、頬は赤らみ、目が潤んでいた。口は半開きで、
そこから切なげな吐息が漏れていた。よし!いける!ボクは、芦原さんを横たえると、
シャツのボタンを一つずつ外していった。
「アキラ…?」
「苦しいんでしょう?服を緩めた方がいいですよ。」
ボクの言葉に、芦原さんは素直に頷いた。ズボンのベルトに手を掛けたときでさえも、
逆らわずにじっとしていた。
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