痴漢電車 お持ち帰り編 9 - 12
(9)
ヒカルは、最初何が起こったのか理解できず、目をぱちくりさせていた。だが、アキラの
唇が自分に軽く触れた時になって、漸く状況を把握した。
「や、やだ!離せよ!」
ヒカルは自分の上に被さっているアキラを押しのけようとした。
しかし、アキラは強くヒカルを抱きしめ、離してくれない。
「やだよ!ウソつき!なんにもしないって言ったじゃん!」
ヒカルが半泣き声で、アキラの不実さを詰る。アキラは困ったように微笑んだ。
「ゴメンよ………そのつもりだったんだけど………」
そうして、もう一度ヒカルの唇を塞いだ。
ヒカルはキスをされたまま、まだ、アキラに悪態を吐いていた。
―――――バカ!ウソつき!変態!何もしないって言ったのに………信じたのに………
ウソつき!ウソつき!ウソつき!
アキラを責め続けるヒカルの舌を、当の本人に優しく絡め取られた。
「んん………!」
パジャマの中に進入した手が、肋骨を数えるように撫でていく。ヒカルは身体を仰け反らせた。
アキラがヒカルの首筋に顔を埋め、ゆっくりと味わうように舐め上げた。
「あ……!あぁん……」
「………進藤……いい匂いがする……石鹸の匂いと…進藤の肌の匂い……」
少しずつパジャマがずり上がっていく。ヒカルは慌てて、裾を引っ張った。
「うぅ―――ヤダったら!もうやめてよ………約束したじゃんか……」
「ゴメン……」
ヒカルの抗議にアキラは「ゴメン」としか返さない。
「ゴメンじゃなくて………やめてったら…!」
アキラの指がヒカルの胸を愛撫する。そのたびヒカルは「ああん」と、切なげな声を
上げた。そうやって、ヒカルの抵抗を封じながら、空いている方の手で器用にパジャマのボタンを
はずしていく。熱い息が首筋にかかる。ヒカルは思わず「ア…」と小さく溜息を吐いた。
アキラの熱がヒカルに伝染していくようだ。それなのに、ヒカルの身体はアキラの腕の中で
震えていた。
(10)
「お願いだからもうやめてよ………」
ヒカルはか細い声で訴えた。泣きたくないのに、もう涙が頬を伝っている。
だって、いつの間にかパジャマははだけられ、肩も胸も剥き出しになっている。ズボンだって、
太腿あたりまでずり下げられてしまっていた。
「………なぁ……こういうことは好きな相手とやるもんだろぉ………」
ヒカルには、アキラが手近な自分で性欲を処理しようとしているように見えたのだ。
一度だけならまだガマンも出来る(本当は泣きたいくらいだけど)が、二度はもうイヤだ。
ヒカルはアキラに少しばかり好意を持っていたので、余計に悲しかった。そして、こんなことで
自分たちの関係が壊れてしまうことを恐れていた。
ヒカルが涙混じりにそう言ったとき、アキラは心底驚いたような顔をした。
「………だから…今、してるんじゃないか……」
「?」
「進藤が好きなんだよ……ずっと前から……」
今度はヒカルの方がビックリした。あまりに驚いたので、涙が止まってしまった。
「………好き?オレのことが?」
アキラがコクリと頷いた。
頭の中で「好き」という言葉がぐるぐる回っている。その言葉の意味を理解して、ヒカルは
真っ赤になってしまった。
「好き……大好きだよ……」
耳元でそう囁かれて、ヒカルの身体から力が抜けた。
アキラを押しのけようとしていた腕は、いつの間にか彼のさらさらと流れる髪の中に
差し入れられていた。
「ホント?ホントにオレのこと好き?」
「うん……好き…」
こんな事を言われたのは初めてだ。頭がポーッとなって、もう何も考えられなくなってしまった。
(11)
腕の中で急に大人しくなってしまったヒカルの額や頬に優しく口吻る。
「ホントに?」
「うん……好きだよ…進藤が大好き……」
ヒカルは不安そうに何度も訊ねてくる。それがすごく可愛かった。
「ホント………?」
「本当だよ。」
しつこいくらいのヒカルの問いかけにいちいち答えてやる。そうすると、ヒカルは安心したように
瞼を閉じた。
やっぱり、ヒカルは自分に好意を持っている。さっきまで、あんなに暴れていたのに、今は
自分にしがみつくようにしてアキラの愛撫を受け入れていた。
「ン…………アァ………」
ヒカルが、眉を寄せて、苦しげに喉を反らせた。そこにまた、唇を落とした。うっすらと、薄い
紅色がそこに残される。自分にしがみつく腕に力がこもる。
アキラは、脱がしかけていたパジャマに再び手をかける。片袖を引っかけたままの上着を
するりと抜き取り、ズボンと下着も手と足を使って下げていく。足首で丸まってしまった
それを蹴り、遠くへ放ってしまう。
ヒカルから、身体を離して真上から全身を眺める。一糸纏わぬその姿にアキラは感嘆の
声を上げた。
『ああ、進藤の裸………きれいだ…目が眩みそうだよ……風呂場を覗くのガマンしてよかった………』
電車の中とはまた違った趣がある。アキラは感動のあまり、気持ちと身体の両方が瞬時に
頂点に達したのを感じた。
あんまりじっくりと見ていたので、居心地の悪さを感じたのか、ヒカルが身体を捩って
アキラの目から自分を隠そうとする。
慌ててヒカルの上に覆い被さり、抵抗を封じた。
「あ、ヤダ……ジロジロ見るな……」
「見たいよ……全部みたい……」
まだ、何かを言いつのろうとする唇に自分のそれを深く重ねた。
(12)
まだ、こういうことになれていないヒカルは、どこで息をしたらいいのかわからない。
アキラが口を離すと同時にハアハアと大きく口を開けて、空気をむさぼった。
「…………進藤、可愛い……」
“可愛い”なんて、男にとって、ホメ言葉でもなんでもない。少し、バカにされたような気持ちになった。
「………可愛い?」
「うん、可愛い………本当に、ボク、進藤の全部が好きだ………」
“可愛い”にムッとしながらも、“好き”に身体が反応する。
“好き”なんて、すごく気軽な言葉だ。自分だって、しょっちゅう言っている。
ケーキが好き。スポーツドリンクが好き。ファッションはスト系が好き。友達と騒ぐのが
好き。それから………キリがない。
それなのにアキラに言われると、何故だか頬が熱くなる。
『きっとスゴク重みがあるからだ………本当に大事なモノに言う時みたい………』
お父さんとお母さんが好き。じいちゃんとばあちゃんが好き。碁を打つのが好き。大好き。
…………………佐為が好き………。
ヒカルが大事なモノに言う“好き”と、アキラがヒカルに言う“好き”に同じ響きを
感じる。
『………塔矢はオレが好き………大好きなんだ…………』
心の中がホカホカ温かい。
ヒカルはアキラに笑いかけ、その首に腕をまわした。
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