月下の兎 9


(9)
だがすぐに、それが自分がよく知っている骨格の持ち主だと判った。
「進藤…よかった…」
「塔矢…!」
ヒカルは思わず声を出して、すぐに口を押さえて辺りを伺うように見回した。
そしてアキラの身体を見て顔色を失った。

アキラの片方の頬が赤く晴れ上がって唇が切れていた。
スーツが埃に汚れてネクタイがなく、ボタンが2〜3無くなって胸が開いている。
「と…おや…」
ヒカルの身体が怒りで震えた。震える指でそっとアキラの唇に触れた。
アキラはそのヒカルの手首を握ると自分の頬に当てて首を振った。
「大丈夫…これ以上のことは何もされていない…。2人組に捕まって、危ないところだったけど
何か凄い音がして、何か仲間が怪我をしたとかでボクを置いて逃げていったんだ。」
そういう問題じゃない、とヒカルも首を振ってアキラを抱きしめた。
「ごめん…塔矢…ごめん…」
「進藤の怪我の方が、ひどそうだよ…」
アキラがヒカルの身体に触れるのを戸惑うのに構わずヒカルはアキラの身体を強く抱きしめた。
夜空に浮かぶ円い月に惑わされたのだ。自分も、そしてあの男達も。
月以上に価値があるものが今この腕の中にある。
月がそれを妬んでちょっとした悪戯を仕掛けたのだとしかヒカルには思えなかった。
それを詫びるように柔らかな月光が二人を包んでいた。       ―月下の兎・了―



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