heat capacity 9
(9)
僕は再度進藤の腕を首に回させると、彼の膝裏を腕に掛け片足を高く持ち上げる。
僕が膝を若干曲げて身体を低くしているのでそれほど辛い体勢ではない筈だ。けれど、片足だけの不安定な状態に、進藤は反射的に顔をあげた。そして、僕はその不安げな表情を視界の隅に捕らえながら、残る足を払った。
「ぅわ……っ!」
彼は驚いて咄嗟に僕にしがみついたが、勿論ながら彼の身体が地面に落ちる事はなかった。払った方の足ももう一方と同様、畳み込むように僕の腕に掛けられている。
身体を支えるものがない恐怖と下肢に疼く痛みに、進藤はただ僕にしがみつくしかなかった。何度かその身体を揺らすと、彼はしがみつく腕に一層の力を加えた。
僕は決して軽くはない進藤の身体を持ち上げて、そして下ろす。下ろす時は殆ど重力任せだ。あまり繰り返すと僕の腕の方が参りそうだが、もう散々イった後の進藤を追い上げるのにそう時間は掛からないだろう。
やがて、進藤は僕の思惑通りに紅潮した身体を震わせていた。正気を失ったようにその頭を打ち振って啼く。
「と、塔矢……塔、矢ぁ……っ!」
何度も僕の名前を呼ぶ。そうだ、僕以外の誰かとの対局で感じるなんて、許さない。僕が抱いている時に別の人間の事を考えるなんてもってのほかだ。
少なくともその時、進藤は全身で僕を感じていた。視覚も聴覚も嗅覚も全ての神経が交感していた。そして僕もまた、どんな感覚も逃すまいと全身の神経を研ぎ澄ませた。
進藤は達するその瞬間まで僕の名前を叫び続けていた。
熱が醒めてみると酷く決まりが悪かった。いつの間にか解けて地面に落ちていた赤い紐が空間の間抜けさを妙に引き立てている。
お互いに背を向けて脱いだ衣服を着ていると、不意に背後で進藤が笑い出した。
「……なんだ」
「いや、こんなところでなにやってたんだろーって思ったら可笑しくなってさぁ」
答える言葉が見つからない。
「今日さ、オマエん家行ってもいい?」
「別にいいけど……」
両親は今日も留守だ。
「オマエとも一局打ちたいな。その後また欲しくなるかも知れないけど」
彼は込み上げる笑いを堪えられないように、まだくつくつと笑っている。
「まだ足りないのか?」
「違うよ。比熱が低いんだ、多分普通の人より」
「……淫乱」
精一杯悪態をついたつもりだった。
だが、彼は僕を振り返ってあっさりと言った。
「そんなオレも好きなんだろ?」
小悪魔のような微笑みを浮かべて。
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